オグリキャップはラストランの有馬記念を制覇。ウイニングランでは武豊騎手を背に、ファンの熱いオグリコールに迎えられた

 12月に入り、クリスマスソングの季節となったが、競馬ファンにとっては有馬記念も一大イベント。今年の開催日は22日と早く、ファン投票はドゥデュースが1番人気。天皇賞・秋、ジャパンカップ制覇から集大成のラストランとなる。

 有馬記念そして日本の競馬史上最高の名場面といえば1990年、オグリキャップ引退レースVでのウイニングランだろう。当時21歳だった武豊騎手を背に、響き渡った伝説の「オグリコール」は時を超えて永遠に語り継がれていく。

ファンの胸を熱くしたオグリコール

 昭和生まれのファンの胸を熱くしたオグリコールだが、有馬記念が近づくと「さあ頑張るぞ、オグリキャップ」と実況アナも一ファンとなって応援したテレビ映像がよく流される。中山に17万7000人が殺到。「ウマ娘世代」の若者もネットの画面越しから「鳥肌が立つような感動的な走り」とスタンドの熱狂ぶりを実感できることだろう。当時、競馬をやらない人にも「オグリ」の名は社会現象として知れ渡り、国民的アイドルホースとなった。

 1985年3月27日生まれで2011年7月3日に永眠したが、2025年は生誕40周年を迎える。ラストラン後の引退式は京都、笠松、東京と続き、史上最多の3回も実施された。昭和から平成へとオグリキャップの走りに興奮したファンたちの「あの日」や、人気漫画「ウマ娘シンデレラグレイ」でも登場する笠松競馬場でのデビュー戦は、年末に向けてNHKや民放の特番で紹介されるようで、放送を楽しみに待ちたい。

チャンピオンズカップ(中京競馬場)を逃げ切り、ラストランを制覇したレモンポップと坂井瑠星騎手。ウィルソンテソーロの猛追をしのいだ

「ダート王&イケメン王子」ウイニングラン

 国内ダートGⅠ級レースで5連勝中だったレモンポップは12月1日、中京競馬場でのチャンピオンズカップで、坂井瑠星騎手のアクションに応えて華麗な逃げ切りでラストランVを飾った。

 ゴール前では「ハナ差」の写真判定での決着となったが、27歳の坂井騎手はゴールインで勝利を確信。オグリキャップやディープインパクトのように芝レースでのラストランVではなかったが「ダート王&イケメン王子」によるウイニングランは、ファンとの距離がより近い芝コースで行われた。 

レモンポップとのウイニングランでファンの声援に応える坂井騎手

 レモンポップと坂井騎手は3~4コーナーから。ラチ沿いをゴール方面へゆっくりと進むと左手を高く上げて人さし指で「1着」のポーズで、スタンド一帯のファンの大歓声を浴びた。ゴール前で観戦していたが、カメラやスマホを手にしたファンから「おめでとう」の嵐となった。

 ただ引退レースVではあるが、歓声が大きなうねりとなっての「レモンコール」や「坂井コール」は聞こえてこなくて、オグリやユタカ世代としてはやや物足りなかった。「○○○コール」はプロ野球の応援と同様に3文字が言いやすいのだが。スマホを持って撮影に夢中のファンが多く、これも時代の流れなのか、または土地柄なのか。中京競馬場でのGⅠレースは高松宮記念とチャンピオンズカップの年2回だけ。詰め掛けたファンの誰か一人が音頭を取って手拍子と共に始めれば、津波のように広がるものだが…。有馬記念ではドゥデュースが勝てば「ユタカコール」が湧き起こるのでは。

写真判定となったゴールシーン。、ウィルソンテソーロの猛追をレモンポップがハナ差でしのぎ、連覇を果たした

坂井騎手、引退式を控え負けられない一戦

 レモンポップは単勝2.2倍の1番人気。90分後には引退式も控えており、坂井騎手にとっても負けられない一戦だった。「最高の気分です。レモンポップのおかげです」と愛馬の踏ん張りをたたえた。ゴール直前では、川田騎手が騎乗したウィルソンテソーロの強襲を受けて「危なかったですねえ。鬼のような気配を感じましたので、しのいでくれと。馬が本当に頑張ってくれました」と感謝。「負けたら、引退式をすっぽかそうかなあと思っていたので。大きなハナ差でした」と責任を果たせ、ホッとした表情。

 「きょうパドックやスタンド前でレモンポップのジャンパーや帽子、ぬいぐるみをたくさん見掛けたんで、ファンの多い馬だなあと感じました。そんなすごい馬の背中に乗れてうれしく思います。まずは無事にというなかで、よく走り切って勝ってくれた。どんな形でもゴール板に向かって先に進んでくれて。毎回、厩舎の仕上げが大きいですね」

ラストランを飾ったレモンポップの引退式で、愛馬を見つめる坂井騎手(右)

「ヨッシャー」の横で川田さんから『おめでとう』

 引退式では「GⅠ級のレースに6回乗せていただき6勝で、きょうが一番うれしいですし、ホッとしました」と、落ち着いて周回するレモンポップを見つめながら歓喜に浸った。ファンから「勝って当然」とみられる1番人気で勝つことは大きなプレッシャーもあるが、その大役を愛馬と共にラストランで果たした。

 表彰式プレゼンターを務めた見上愛さんのトークショーにも登場。「ゴールした瞬間は勝ったと思いました。『ヨッシャー』と言っている横で川田さんに『おめでとう』と言っていただいた。ウイニングランをしてこっちへ帰ってきたら、まだ写真判定になっていたが、最後は『こらえてくれ』と祈っていましたし、残っていて良かった」。外から来ているのは「最後の3秒ぐらいで感じました。すごい勢いで来ていたので『またか』とね」。

レモンポップの口取りで愛馬をたたえる坂井騎手

 田中博康調教師は「昨年のチャンピオンズカップと同じくらい感動しました。いろいろな経験をさせてくれた馬ですし、厩舎としても勢いをつけてくれて感謝しかないです」と愛馬の頑張りをたたえた。レモンポップは2010、11年のトランセンド(当時はジャパンカップダート)以来となる史上2頭目の連覇を達成。今後は種牡馬入りし、新たなスターホースを送り出す。

 好天に恵まれたGⅠデー、中京競馬場の入場者数は2万7425人。この数字を見て改めて感じたのは、笠松競馬場でのオグリキャップ引退式の熱狂ぶり。公式入場者数は2万7765人で、チャンピオンズカップを上回っていた。土手からも数千人が見物しており、現場のゴール前にいた一人としても、当時のオグリ人気のすさまじさを改めて思い起こした。

「初老ジャパン」トークショーで熱く語った戸本一真選手(右)と大岩義明選手

戸本選手と大岩選手、ハラハラドキドキの銅メダル獲得

 この日は総合馬術「初老ジャパン」トークショーも場内で開かれた。「流行語大賞」トップテンに国内スポーツ界から唯一選ばれこともあり、会場は超満員となった。本巣市出身で「馬に初めて乗ったのは笠松競馬場」という戸本一真選手(41)と、名古屋市出身の大岩義明選手(48)が、パリ五輪銅メダル獲得の舞台裏での心境やエピソードについても熱く語った。

 中京競馬場の地元・愛知、岐阜県勢の五輪メダル獲得。日本中央競馬会所属の戸本選手ら4人の奮闘ぶりは素晴らしく、グリーンチャンネルでも連日放送され、競馬ファンからも大きな注目を集めた。

 戸本選手は各務原西高、明治大出身。障害馬術では個人5位でメダルには惜しくも手が届かなかった。総合馬術団体(馬場馬術、クロスカントリー、障害馬術)はメダル圏内で迎えた最終日の朝、日本チームは大きな試練に直面し、ハラハラドキドキの一日となった。

 4人のメンバーで挑んだ団体は、クロスカントリーを終えて3位につけ、銀メダル奪取も期待できた。ところが、 北島隆三選手の騎乗馬は馬体検査をクリアできず、20点減点され出走取り消しに。リザーブの田中利幸選手とメンバー交代。5位スタートとなった重圧の中、ラストの「障害馬術」に挑んだ。

パリ五輪、総合馬術日本団体「銅」を伝える岐阜新聞の紙面(7月30日付スポーツ面)

「1本でもバーを落としたら、メダル逃す」とは言えなかった

 戸本選手は「交代した1番手の田中選手が、1本もバーを落とさずに帰ってきた。僕も勢いに乗って自分のできることを緊張せずにできた」と障害物をノーミスで飛び越し最高の騎乗を披露した。

 最終走者の大岩選手には「1本でもバーを落としたら、メダルを逃しますよ」とは言えなかった。今、厳しい状況にあって「緊張感が大岩選手に伝わらないよう、大岩選手の視界に入らないようにして待っていた」という戸本選手。「1本もバーを落とさずに、減点ゼロで帰ってきてくれて、自然と涙が出ました」と歓喜の一瞬を振り返った。

 一方、五輪出場5回目の大岩選手は騎乗前「(メンバーが)誰も来ないので、(メダル圏内に)『これは来てるぞ』と感じて、あえて状況を何も聞かずにスタートした」という。さすがは最年長のベテラン。最後も素晴らしいノーミス騎乗で銅メダルを引き寄せた。

「銀メダル三つ」より価値ある「銅メダル四つ」

 交代での減点がなかったら「銀メダル」を獲得できたかもしれないが、メンバー4人にとっては最高の銅メダルとなった。大岩選手は「通常は3人しかメダルをもらえないが、リザーブの選手と入れ替わって、全員が競技に絡んでいるので、四つ目のメダルがもらえた。みんなで4人。ヨーロッパで頑張ってきて、1人だけ出られずにメダルがもらえないのは嫌だなあと開催前から思っていた。それが4人全員にメダルが届いたのは何よりもうれしかったですね」とパリでの感激を伝えた。

パリ五輪の総合馬術団体で銅メダルを獲得した(右から)戸本一真、大岩義明、北島隆三、田中利幸の各選手

 戸本選手も「北島選手の馬の健康状態が完全でなく、入れ替わったのは残念でした。(障害馬術が得意な)北島選手がそのまま出ていたら、銀メダルの可能性が非常に高かった。それより、東京五輪の前からメダルを狙ってずっと一緒にやってきた4人なんで。銀メダルを三つもらえるよりも、銅メダルが四つそろったことに価値があると思います。表彰式も4人で出た」と歓喜の瞬間を振り返った。

 逆境を乗り越えて、4人のチームワークでつかんだ「友情の証し」でもある銅メダルの重みはズシリ。会場(メディアホール)は立ち見客も出るほどいっぱいで、ファンたちは総合馬術の銅メダル獲得に大きな拍手を送った。

10代選手活躍で「初老」を受け入れるしかかないと

 「流行語大賞」でのトップテン入りは「ベルサイユ宮殿でイギリスのアン王女にメダルを授与された赤いジャケットの4人のアスリートは、初老のイメージを格段に上げてくれた」というのが受賞理由。平均年齢41.5歳での「初老ジャパン」という名称に対して、大岩選手は「このネーミングで総合馬術を知っていただくチャンスがあって、すごく良かったと思います」。戸本選手は「自分はまだ初老ではないですが、選手村の食堂で隣を見ると、10代の体操選手がいたり、スケートボードの中学生が金メダルを取ったりしていて、これは『初老』を受け入れるしかかないと思った」という。「初老ジャパン」の平均年齢はアップするが、4人はまだまだ現役選手として世界で活躍してくれそうだ。

チャンピオンズカップ出走馬の馬場入りを誘導する戸本選手と大岩選手

「競馬と馬術」最高のパフォーマンス引き出す共通点

 「競馬と馬術」について戸本選手は「JRAの職員として栗東や美浦のトレーーニングセンターで馬術の講習をすることもあります。やはり『馬』という同じ動物に乗って、最高のパフォーマンスを引き出すという点でいろいろと近い部分もあります」と語った。馬というアスリートを通して競走する競馬と馬術には共通点も多いようだ。

 JRAの小牧加矢太騎手(27)は2020年の全日本障害飛越選手権で優勝するなど馬術競技の選手としても活躍し、22年3月にJRAの障害騎手としてデビューした。競馬と馬術の枠を超えた挑戦は、今後増えてくるのでは。

乗りたかった馬はディープインパクトやオルフェーブル

 「初老ジャパン」の2人が乗ってみたかった競走馬は。大岩選手は「ディープインパクトの背中を感じてみたかった。また重馬場とか馬場の違いも体感して走ってみたいですね」。戸本選手もやはり「ディープインパクトやオルフェーブルには乗ってみたかった。オルフェーブルは走る能力をコントロールする難しさもあり、どんな感触なんだろうかと思います」。

 今後の目標について、大岩選手は「2年後、日本でアジア大会があり、愛知・名古屋で開催されるので挑戦したい。(ロスでの)次のオリンピックでもメダルを目指したい」と。戸本選手は「日本が活動拠点となり、馬事公苑の後輩を教えながら海外での大会にも挑戦したい。自分の練習をやりながら、大きなチャンスが巡ってきた時に挑戦できるよう頑張っていきたい」とロス五輪での3大会連続出場やアジア大会出場にも意欲を示した。
 

誘導馬に騎乗し、ファンとふれあう戸本選手ら

戸本選手「初めて馬に乗ったのは笠松競馬場」

 「JRA馬事公苑リニューアル」の特集記事で戸本選手は「小学校2年生の時、初めて馬に乗リました。場所は笠松競馬場です」と語っていた。まだ8歳だったが、競馬場内の一角に乗馬ができる施設があり、初めて馬にまたがったそうだ。1回乗ってからは興味を持って、週に5日ほど乗るようになったという。1991年当時は、笠松競馬場内に設けられた角馬場で県地方競馬組合による「レディース乗馬スクール」も5日間の日程で開かれていた。90年代、女性の乗馬人気は高く、定員50人に対して200人以上の応募があった。

誘導馬に騎乗し、レモンポップらを誘導

 中京競馬場では開催初日に障害馬術の実演も行った戸本選手。GⅠデーには、大岩選手と共に9RとチャンピオンズCの11Rの本馬場入場で、それぞれ誘導馬に騎乗し、レモンポップらを誘導。ウイナーズサークルでは銅メダリストとしての勇姿を披露し、ファンとのふれあいも深めていた。

ラストランV後、場内に掲示された「ありがとうレモンポップ」の画像

 ラストランVでの引退式後「ありがとう、レモンポップ」の画像前でも撮影するファンの姿が多くあった。帰りの名鉄電車はぎゅうぎゅう詰め。近くの女性グループからは「すごい人、山手線並みだね。引退式はレモンポップ人気と瑠星ファンも多かったから」といった声も聞こえてきて、金山駅まで身動きできなかった。

 チャンピオンズカップの1、2、3着は、昨年と同じ3頭という平地GⅠ史上初の珍事。1着レモンポップと3着ドゥラエレーデまでのタイム差0秒3まで同じとは。坂井騎手はトークショーで「こんな簡単なレースないですよね」とファンに問い掛け。「瑠星推し」のファンが引退式まで残ってくれて、当たったという人も多かったようだが、いつものように「サイン馬券」に気付くのはレースが終わってから。必勝態勢で「頑張れ、頑張れ」とレモンポップを励まし続け、ハナ差でゴール板を駆け抜けた人馬の勝負根性はやはり素晴らしく、ラストランを有終の美で飾ってくれた。