
オグリキャップという地方出身馬。現役時代の20世紀から永眠した21世紀へと昭和、平成、令和の時を超えて、なぜこんなにもファンに愛され続けるのか。
そのオグリキャップを主人公にした人気漫画「ウマ娘シンデレラグレイ」はテレビアニメ化。カサマツトレセン学園、笠松競馬場を舞台にして4月6日に放送がスタートする。
聖地・笠松競馬場でのコラボイベントが4月29日~5月2日に開催されるほか、今年は笠松町も力を入れており、コラボ開催(舞台探訪マップ配布など)が実施される。
笠松競馬、笠松町の歴史と魅力をアピールする絶好の機会であり、今や伝説となった国民的スターホースは、岐阜県の「観光資源」としても活用されている。アニメ「ウマ娘シンデレラグレイ」の熱気と共に、聖地・笠松にはウマ娘ファンたちが殺到し、町ぐるみで盛り上がる。

■「優駿」4月号で「今なお愛され続ける理由」の特集
JRA「優駿」4月号でも「生誕40年特別企画 わたしたちのオグリキャップ~今なお愛され続ける理由」の特集が掲載された。「オグリの里」のハヤヒデも取材を受けて、笠松時代のオグリキャップのレース内容や魅力について、ファンの一人として熱く語らせてもらった。今回は、取材内容を中心に、宿敵マーチトウショウとの「元祖・芦毛対決」で闘志に火がついたキャップの力強い走りなどを、聖地・笠松競馬場から愛を込めて深掘りした。
オグリキャップはあのオグリコールの響きと共に語り継がれ「50年、100年に1頭」ともいわれる日本競馬界最大のヒーローである。笠松競馬場は育ての親であり、生え抜き馬として笠松時代に12戦10勝、2着2回。中央入り後のサクセスストーリーの土台が築かれ、厚くて高かった地方・中央の壁を突き破って快進撃を続けた。
■「ふらっと笠松」で待ち合わせ、取材受ける
「優駿」のオグリキャップ特集では、著名作家・谷川直子さんと「優駿」編集部員の方が笠松競馬場にも来場され、直接取材を受けた。名鉄笠松駅の観光土産物店で競馬関連グッズも販売している「ふらっと笠松」で待ち合わせ。愛馬会代表の後藤美千代さんもスタッフを務められ、笠松町の情報発信拠点の一つでもある。
JRAサイドからの取材を受け、いつもと逆の立場で新鮮だった。2年前、オグリキャップの笠松時代デビュー戦からの専門紙出走表(10レース分)をわが家で発掘。「オグリの里」では笠松競馬の歴史と魅力をウマ娘ファンにもアピールしており、「芦毛の怪物」と呼ばれたスーパーホースの魅力を改めて語ることができた。

■「オグリ」でなく「キャップ」と呼ばれて
笠松発の出世街道。ゲートイン時に武者震いで闘魂を注入。中央のエリート馬たちをバッタバッタと倒した「野武士」が、2度の有馬記念で天下取りを果たした。
有馬記念でのラストランV、武豊騎手とのウイニングランでのオグリコールは永遠の響きとなった。結果は分かっているのに、その映像は何度見てもなぜか鳥肌が立つ。皆さんはどうだろうか。
オグリキャップの初代オーナーだったのが小栗孝一さん。笠松での所有馬には全て「オグリ」の冠名が付けられ、「オグリ○○」という馬が20~30頭いた。レースでは、10頭立てで4頭にオグリの名が付いているなんてことも。中央入り後「オグリコール」に代表されるように「オグリ」と呼ばれることも多かったが、笠松の競馬関係者や熱心なファンからは「キャップ」と呼ばれていた。
■「いつも低姿勢で人生の師匠ですね」
オグリキャップとはどんな存在かと問われ「いつも低姿勢で人生の師匠ですね。頭を低くして地をはうようなフォームで、最後まであきらめないで頑張る姿は見習うべきことが多い」と答えた。
キャップの走りについて、笠松時代の調教師で現在は郡上市でお暮らしの鷲見昌勇さんも「そりゃ、外車に乗ってるようなもんやわ。ヒャーッと低くなって地をはうような走りで伸びた。ゲートに入ってからも気楽に見ていられた。最後の直線になったら、一気に来た」と現役時代を振り返っていた。

■キャップのデビュー戦、専門紙予想は▲印
笠松時代のキャップの専門紙(1~6戦)を谷川さんらに見せた。新馬デビュー戦、予想の印は芦毛のマーチトウショウが◎で1番人気。キャップは▲に甘んじ2番人気。ワンターンの800メートル戦。スタートでやや出遅れたキャップは5番手から、4コーナーで不利を受けて外に振られた。よく追い込んだが、クビ差の2着に終わった。
5回走った800メートル戦では距離が短く、中団やや後ろからの競馬で、差し届かずに2着に敗れたレースが2度。相手はいずれもマーチトウショウで2連敗を食わされた。笠松時代は青木達彦騎手、高橋一成騎手、安藤勝己騎手の3人がキャップの手綱を取った。

■マーチトウショウとの芦毛対決は8度、キャップの6勝2敗
芦毛2頭の対決は8度もあり、最終的にはキャップの6勝2敗。2頭でのワンツーが6度もあった。ジュニアクラウンでは差し返してきたマーチトウショウとのたたき合いとなり、キャップがハナ差勝ち。次の一戦が初めての芝となる中京盃で、ほぼ連闘になることから、アンカツさんは「楽をさせようと早く先頭に立ち過ぎた」と振り返った。末脚は鈍り、苦戦したのだった。
タマモクロスとの死闘の前に芦毛対決は既に笠松で始まっていた。中央入り後、タマモクロスには連敗後の有馬記念で初めて勝った。見事に世代交代を果たしたが「同じ相手に3度も負けはしない」という走りは、笠松時代のマーチトウショウとの戦いで既に培われていたのだ。
鷲見さんは「キャップは本命で、どの新聞を見てもグリグリの◎印だったので」と連勝馬を勝たせるプレッシャーは大きかったという。当時、笠松の競馬専門紙は4紙。「ファンが命の次に大事な金を賭けてくれるわけで、負けることはできない。レースの前日はファンが厩舎にも多く来たし、勝ちっ放しの間はあまり眠ることができなかった」と連勝街道での苦労も語っていた。

■鷲見元調教師「4コーナーで賞金が分かっていた馬」夜の柳ケ瀬で祝杯
キャップは「4コーナーで賞金が分かっていた馬」でもあったという。鷲見さんは「俺は人間だから、賞金がいくら入るかは分かるけど。キャップも分かっていたような走りだった。4コーナーでは、けつの方にいても、直線に向かったらシャーと来て一気やった。勝ちよった」とにこやかに回顧した。
「賞金が分かっていた」とは、どういうことかというと。デビューから5戦の1着賞金は80~85万円で3勝2敗だった。ところが距離が1400メートルに延びた6戦目からは7連勝。1着180万円、350万円と賞金がアップするごとに圧勝が増え、馬主や調教師らの期待に応えてくれたのだ。レース後は小栗オーナーと一緒に夜の柳ケ瀬へ飲みに行って祝杯を上げた。鷲見さん「小栗さんとはお互い、どえらい飲みよったんだわ」と、「柳ケ瀬ブルース」が流れ、栄えていた昭和のネオン街が懐かしそうだった。
鷲見元調教師はキャップを笠松に連れてきた最大の功労者でもあった。初めての管理馬で笠松でも活躍した母ホワイトナルビーを北海道の稲葉牧場に預け、華麗なるオグリ一族を誕生させた。キャップに続き、妹のオグリローマンも桜花賞でGⅠを制覇。地方馬で、中央のGⅠ馬を2頭も出した偉大な繁殖牝馬はホワイトナルビーだけだ。
■最大の魅力、それはレースを見る人に感動を与えたこと
キャップ最大の魅力、それはレースを見る人に感動を与えたことにあった。馬でありながら、精神的にどこか人間に近い存在。その頑張って走る姿は、頭の位置が低く、ほかの馬より明らかに「低姿勢」。ゲートインで大きく体を揺すって「さあ走るぞ」と言わんばかりに武者震い。地方出身の野武士が中央に殴り込んで、エリート馬を相手に、生死を懸けた剣豪のように闘志をみなぎらせた。笠松時代のゲートインの映像を見ても、頭をツンツンと前に突き出すパフォーマンスを見せ、騎乗したアンカツさんも「いつもやっていた」と証言している。

■「ゴール板の位置を知っていた」ハナ差勝ち3度
レースでは「オグリはゴール板の位置を知っていた」と言われたほど。安藤勝己、南井克巳、武豊ら名手のゴーサインに応え、きっちり差し切りゴールインした。自分から動くタイプでなく、じっとしていて騎手の手綱にきっちり応えてくれる乗りやすい馬だった。
笠松では3コーナー中団後ろでも、アンカツさんがゴーサインを出せば豪脚を繰り出して、短い最後の直線でも一気に突き抜けた。鷲見元調教師も「気性はまじめでおおらか。ゴールがよく分かっとった馬で、笠松競馬を盛り上げてくれた最高の馬」とたたえていた。
3~4コーナーから残り400メートルほど。気合を入れられると沈み込むようなフォームで、ゴール板までの残りの距離を体感として把握。中央のレースを含めてハナ差勝ちが3度で、クビ差で勝ち負けも多かった。「非常に賢くて乗りやすい馬だった」と騎手たちは語り、やはり「ゴール板の位置が分かっていた」と思わせるレースぶりだった。乗り役の指示でスイッチが入り、トップスピードをキープし、ゴール地点では他馬を圧倒した。

■「芝での走りもすごい」「2億円なら売るよ」
6戦目からは距離が延び、秋風ジュニアは1400メートル戦。主戦は鷲見厩舎の高橋一成騎手だったが地方競馬教養センターの研修があったため、アンカツさんに騎乗変更となった。「しまいからの競馬が合っている」と見抜いて3コーナーまで持ったまま。4コーナーから大外をブン回して差し切る競馬を続け、アンカツさん騎乗で7連勝。中央入り後も含めて岡部幸雄、武豊、安藤勝己の名手3人では10戦10勝と負け知らずだった。名馬の背中をよく知るこの3人が乗り続ければ、キャップは無敗だったかもしれない。
地方・笠松だけでなく、そのダイナミックな走りは遠征先でも発揮された。中京競馬場・芝コースでの中京杯でもあっさり勝って「芝での走りもすごい」と中央の馬主資格を持つ佐橋五十雄オーナーがほれ込んだ。連日、トレード話を持ちかけ「キャップを中央でも走らせたい」と鷲見調教師らにラブコール。「2億円なら売るよ」と最初は相手にしなかったが、小栗孝一オーナーは「東海だけの馬で終わらせず、日本一の馬に」という口説き文句にグラリ。トレードは2000万円で成立したとされており、年明けの笠松・ゴールドジュニア圧勝をラストに栗東・瀬戸口勉厩舎に移籍し、中央の舞台で走らせることになった。
師走特別ではハクリュウボーイとも対戦した。引退後は誘導馬となって「パクじぃ」とも呼ばれた芦毛馬。レースでは浜口楠彦騎手の騎乗でハナを切り、名脇役ともいえる存在で見せ場をつくった。2005年4月、競馬場復興の救世主となったキャップの里帰りでは、誘導馬として再会した。

■「勇気と元気のパワースポット」オグリキャップ像のおかげで笠松競馬存続
経営難や不祥事で廃止寸前にもなった笠松競馬だったが「オグリキャップを生んだ聖地の灯を消すな」と存続につなげてきた。正門横に立つオグリキャップ像は「勇気と元気のパワースポット」である。
2004~05年は最大のピンチ。地方競馬の聖地にオグリキャップ像がなかったら、笠松競馬は100%つぶれていた。全国のファンも馬産地もマスコミも存続を後押し。「速やかに廃止すべき」と90%以上廃止に突き進んでいた第三者機関の見解を覆した。愛馬会の存続運動の一環として、ライブドアが馬券のネット販売参入に意欲を示し、存続派にかすかな期待を抱かせ現場も頑張れた。
当時、岐阜県知事は堀江貴文社長に協力をお願いしたが、最終的にはライブドア側が「赤字までは補てんできない」とのことで、参入は見送られた。それでも結果的に「存続」へとつなげる時間稼ぎを果たしてくれ、ライブドアには感謝している。現場は賞金・手当の7億円削減案を受け入れ「1年間の試験的存続」を勝ち取った。これは「単年度赤字=即廃止」の厳しい条件だったが、その後も賞金・手当の大幅カットにも耐えて、存続につなげてきた。「最後まであきらめるな」というオグリキャップ精神は絶大だったのだ。
風雪に耐えてきたオグリキャップ像は聖地・笠松競馬場のシンボルだ。ウマ娘コラボイベントでは、オグリキャップ姿のトレーナーさんたちも多く来場し、撮影スポットとして大人気だ。

■「ウマ娘シンデレラグレイ」人気で聖地巡礼ファンの熱気充満
笠松競馬は1日、新年度がスタートした。2024年度の馬券発売額は485億4511万円に伸び、2年連続で過去最高額を更新した。堤防道路の桜並木は満開を迎え、初日から重賞レースが開催され、入場無料化もあってにぎわった。「ウマ娘シンデレラグレイ」のアニメ化で
笠松競馬場は注目の的。4月末開催に向けて、聖地巡礼ファンの熱気が充満する。
昨年のウマ娘シンデレラグレイ賞当日の来場者は8000人超えで大盛況となったが、今年も4月29日に開催され、アニメ化との相乗効果で1万人超えもありそうな勢いだ。ゴールデンウイーク中で出店も多く「オグリキャップの聖地・笠松競馬場」へぜひどうぞ。周辺駐車場は非常に混雑し、来場するなら公共交通機関が便利。名鉄笠松駅から競馬場まで徒歩3分と近い。場内では、応援馬券やご当地グルメも堪能していただきたい。
メジャーリーグ中継も見ていたら、たった今ドジャ-スが5点差を追い付き、大谷翔平選手がサヨナラホームランを打った。テレビ解説者が「漫画の主人公みたいですね」と語った。オグリキャップも「地方・中央」「ダート・芝」の二刀流で活躍し、そのサクセスストーリーで漫画の主人公となった。ウマ娘シンデレラグレイ賞でのファンの熱狂ぶりは、今年もすごいことになりそうだ。(次回に続く)
☆ファンの声を募集
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(筆者・ハヤヒデ)電子メール ogurinosato38hayahide@gmail.com までお願いします。
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