
返し馬で推し馬のアオラキ(手前)とハルオーブを撮影するファンたち
「パドックはどこにありますか」。そんな笠松競馬場デビューの聖地巡礼者の声に応えて、今回は世界的にも珍しい笠松方式「内馬場パドック」の楽しみ方を紹介する。
「笠松は身近に馬が見られる競馬場。笠松から中央に挑む強い馬が出て、みんなで応援できると一番いいね。これからもたくさん足を運んで」とアンカツさんは笠松での引退式でファンに呼び掛けていた。そんなレジェンドの後押しもあって名馬、名手の里での「推し馬の生観戦」は徐々に浸透。ラチ沿いで近くを駆け抜ける雄姿に熱視線を送り、カメラやスマホで撮影する若者の姿も増えている。
一方、スタンドなど場内施設は老朽化が進み、かつての馬券発売窓口や飲食店が一部廃虚化。「昭和レトロ感」満タンのたたずまいは、平成を経て令和の時代になって希少価値。コース内側には田畑やお墓まであり、名鉄電車が鉄橋を渡り、木曽川河畔に広がるのどかな田園風景は心を和ませてくれる。
笠松名物の内馬場パドックは、熱いレースの勝敗を決するゴール板近くにある。その特徴や初めて見たファンの驚きの声はこれまで何度も取り上げてきたが、最近はアイドルホースも増え、レース当日の来場者数が大幅増。「推し馬の撮影と馬券作戦の参考になれば」と、パドック入りから返し馬への出走馬の動きを改めてチェックしてみた。

パドックに向かって馬道を歩くアオラキ
■レディアイコ、オマタセシマシタに「青春(アオハル)」も
「笠松でまず初勝利を」と愛情を注ぐ馬主さんと熱狂的なファンに支えられて入厩してきたアイドルホースたち。このところの笠松競馬場には、JRAや道営出身の未勝利馬転入が相次いでいる。実力的には物足りないが、ネット上でも人気が高く、集客力・馬券販売増につながり、競馬場の知名度もアップしてくれる優良馬たち。ラチ沿いの近距離で応援できる「地方アイドル」として、ファンたちの注目度は高まっている。
一昨年には、オグリキャップの孫娘レディアイコがJRA、岩手を経て笠松転入。昨年には人気タレント・斉藤慎二さん所有のオマタセシマシタが北海道→金沢→笠松入り。今年は「青春(アオハル)」のアイドル系2頭が東海公営へ移籍。白毛馬のアオラキ(名古屋)と2着7回で勝ち切れないハルオーブ(笠松)。JRA復帰条件の3勝を目指して相次いで笠松デビューを果たした。

アオラキの返し馬。ラチ沿いには若者たちがびっしり
人気漫画「ウマ娘シンデレラグレイ」の大ヒットもあって、オグリキャップデビューの地への聖地巡礼に訪れる若者らウマ娘ファンも増え、スタンド一帯は熱狂。第4コーナーからパドック前へと続くラチ沿いはびっしりと埋まり、推し馬の愛らしい雄姿を撮影するファンの姿が並ぶ。レースはゲートインとともに熱く盛り上がり、最後の直線では歓声とため息が交錯する。
■慌てて移動しなくても、ずっとその場でシャッターチャンス
国内競馬場で唯一の「内馬場パドック」。ネット越しの画像だけで笠松競馬場デビューはまだというファンにとっては未体験ゾーンだ。
内馬場から返し馬へと向かうユニークな笠松方式。ファンは他場のようにパドックからコース前へと慌てて移動しなくても、その場でゆっくりと眺められるのが笠松の良いところ。アオラキやハルオーブの登場では、外ラチ沿いにファンが並んで熱視線を送っており、それぞれの「推し馬」を撮影。一歩も動かなくても、その場でカメラを構えていればいいのだ。

ルーキー明星晴大騎手の紹介セレモニーの背後では、各馬が一列になってパドックへ向かった
■装鞍所から誘導馬に先導されて1頭ずつ登場
まず出走馬はパドック入りのため1列になって、誘導馬のエクスペルテまたはウイニーに先導されて登場する。300メートルほど離れた装鞍所から1コーナー近くのコースを横切ると、コース沿いの馬道からゴール板を通り過ぎてスタンド前のパドックへと向かう。1頭ずつ馬番順に撮影することができ、笠松ならではののどかな光景を眺めながら、ゆったりとした時間が流れる。
各馬がパドック入りすると、最初の2、3周は誘導馬がレースを控えた全馬を先導し、安心感を与えてくれる。以前は猛暑の中でもラストまで誘導馬も一緒に周回していたが、1頭で全レース往復する長距離ウオークは体調を崩すこともあって改善された。
■入れ込んで放馬リスクがある馬は、戻って「装鞍所騎乗」
「装鞍所騎乗」の出走馬は、調教師が「入れ込んで放馬したりするリスクがある」と判断した場合に、パドックでの周回を2周ほどで早く切り上げて装鞍所へ戻ることができる。馬番に関係なく、誘導馬の直後を歩く。ライブ映像のパドック診断では「装鞍所で騎乗します」の案内があり、戻る姿を映しながらミニ解説もある。
騎手は装鞍所で待機して騎乗するため、パドックへは集合しない。ただでさえ8頭以下の少頭数レースが多い笠松。3~4頭しかパドックで周回しないこともあり「寂しいねえ」とファンを嘆かせている。
この傾向は他場でも強まっているようだ。渡辺竜也騎手が参戦した園田での地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップ第2戦は12頭立てだったが、騎手がパドックで騎乗したのは4頭のみ。あとの8頭はパドック周回を重ねてはいたが、返し馬へは先出し。トップジョッキーたちは、あいさつで並ぶ前にぞろぞろと隣接する装鞍所へ向かった。

パドックを周回するハルオーブ(3)とアオラキ(7)
ファンは「推し馬&ジョッキー」を追って本馬場方面へダッシュする必要があり、より大変だった。装鞍所騎乗は放馬などなく無事にレースを行うためではあるが、「騎乗姿」をちゃんと撮影したいという人は多いだろう。スマホ撮影が増えているし、騎乗後の馬の様子もチェックしたいが、装鞍所騎乗が多いことはファンサービスの面で課題にもなっている。
■アオラキとハルオーブは落ち着いているが2人引き
笠松での5月のレース、アオラキとハルオーブはともに2人引きで周回していた。入れ込むこともなく、落ち着いて歩くので引き手は1人でも十分だろうが、アイドルホースだけに手綱を持つ厩務員さんにとっても晴れ舞台である。レース間隔は30~40分。各馬は発走時間の約20分前にはパドック入りし周回を重ねる。騎手バスが装鞍所出発を迎えると、各馬はその場でくるくると回りながら騎手の到着を待ち、発走時間の約10分前には本馬場入りする。

マイクロバスでパドック前に到着したジョッキーたち

パドック前で整列したジョッキーたち。後方で待つアオラキら
■騎手はマイクロバスに乗って「リリーフエース」のように登場
マイクロバスでパドック横に到着したジョッキーたちは、緊迫して盛り上がった場面で、車に乗って登場するプロ野球の「リリーフエース」のようだ。ファンの声援に笑顔も見せながら馬番順に整列し、観客席に向かって一礼。戦闘モードにスイッチを切り替え、素早く馬にまたがると1周目ですぐに本場馬入りし返し馬へと向かった。

本馬場入りしたアオラキ。外ラチ沿いでは誘導馬のウイニーが立ち、各馬を見送った
本場馬入り直後、半数ほどの馬が返し馬で、スタンド前から1コーナー方面へとダッシュし、駆け抜けていく。このためカメラなどの位置取りによっては撮影は一瞬になる。他場やJRAからの遠征馬がお目当てなら、ゴール寄りの方が撮影しやすい。
■ファンとの距離が近い外ラチ沿いをゆっくりと
近くには大型の清流ビジョンがあるので、馬体は画面でもチェックできる。入れ込まないで落ち着きのある馬は、本場馬入り後に外ラチ沿いへ来てくれる。これはパドックが離れており「好きな馬や騎手をもっと近くで見て、撮影したい」という来場者のため、ファンサービスの一環としても行われている。

返し馬で外ラチ沿いを進むハルオーブ。大型の清流ビジョンでも馬体をチェックできる
4、5月に同じレースで出走したアオラキとハルオーブは本当に落ち着きがあって、ファンサービスぶりも優等生。外ラチ沿いをゆっくりと4コーナー方面へと進むと、カメラやスマホを構えた大勢の若者たちの撮影タイムだ。「こんなに近くへ来てくれるんだ」と目の前を通り過ぎる雄姿はまぶしく、ファンたちも感激していた。
各馬は4コーナー近くでUターンして、スタンド前を1コーナー方面へと駆け抜けていき、レース本番に向けて疾走する姿は壮観だ。人気のアオラキはファンをチラ見しながら「グネグネ」したりする姿は愛らしい。ネット映像では見られない動きもあり、ライブ観戦で活写していただきたい。
■見守った誘導馬はダッシュして帰ることも
一方、誘導馬のエクスペルテとウイニーは、各馬が返し馬へ向かう様子を、外ラチ沿いに立って見守り続ける。午前中から長距離を歩くため、体調面を考慮しながら2頭が日替わりで登場。猛暑や悪天候の日もあるが、最終レースまでの重労働を1頭でこなす。

各馬を誘導したエクスペルテも装鞍所へダッシュ
各レースで誘導馬としてのお仕事を終えたエクスペルテらは、返し馬の邪魔にならないように出走馬の動きを見ながら、装鞍所へダッシュして戻っていくこともある。
この姿には「誘導馬も走るんや~、速いなあ」と、スタンドから驚きの声が上がることも多い。普段はゆっくりと各馬を引率して歩く馬とは思えないかなりの速力。他の競馬場ではあり得ない珍しいワンシーンも「ワンダーランド・笠松」に来場すれば見ることができる。廃虚化した施設内もマニアには魅力となっており、「肝試し」を兼ねて来場。ご当地グルメや生ビールを片手にライブ観戦も楽しんでいただきたい。
■ハルオーブ、見せ場あったが末脚不発で10着
ハルオーブは笠松移籍後はダートでも3着、5着と「善戦マン」ぶりを発揮していたが、前走(6月19日)はクラスが上がった初メインで厳しい戦いになった。
A4クラス「木曽川特別」の1600メートル戦。手綱は塚本征吾騎手に戻り、1枠からまずまずのスタート。3~4コーナーへの最初のカーブで積極性を見せて、1周目ゴール前では3番手につけて好ポジション。インから差し脚を繰り出そうとしたが、コース全体の内めに砂が補充され、馬場状態も「良」に回復。3コーナーからのスパートは不発でズルズル後退。砂をかぶるのを嫌がったのか10着に終わった。勝ったのは最低人気ノアブラック。波乱含みのこのクラス、馬場の巧拙や展開一つでどの馬にもチャンスがあった。

1周目3番手につけたハルオーブ。最後は息切れしたが、見せ場をつくった
笠松で2勝目を飾ったアオラキとの3度目の対戦はなく、ラチ沿いのファンの数はやや寂しかったが、返し馬では「ハルオーブ、頑張って」と熱烈なファンから声援が送られていた。幼名でもある「はるお」の初勝利を願って、全国のファンがライブ映像でも注目した。
■笠松でいつか「はるおコール」を
中間の攻め馬の動きは物足りなさもあって、笠松ではこれまでとは違ったレース内容となった。ゴール後には「はるお君、大丈夫か」とファンをハラハラもさせたが、歩様など馬体に問題なかったそうで安心した。
JRAのGⅠレース後のウイニングランでは、感動的なシーンもある。勝利を飾った人馬に送られるファンたちの地響きのような拍手と歓声の渦は、ライブ観戦でしか体感できない。
オグリキャップのラストイヤーとなった1990年。アイネスフウジンでの日本ダービー優勝で「ナカノコール」を浴びたのが中野栄治騎手(調教師に転身、今年3月定年)。グリーンチャンネルの競馬番組で、まさかのナカノコールに「騎手としても感動しました。ファンあっての僕たちです」と感謝の思いを伝えていた。
日本の競馬界で人馬への連呼の先駆けとなった日本ダービーでのナカノコールは、年末の有馬記念でのオグリコールへとつながった。
笠松では昨年大みそか、この日限りで引退する柴山雄一騎手が田口貫太騎手とのトークショーに参加。最後は「柴山コール」に送られてジョッキー人生に別れを告げた。
ハルオーブは笠松で3戦し3着が最高だが、もし勝つことができればゴール前では熱烈ファンによる「はるおコール」が響き渡るかも…。JRAの芝コースのような高速馬場が好きな馬。ダートでも脚抜きの良い不良馬場が得意とみられ、梅雨時の次走での巻き返しが期待される。
※「オグリの里2新風編」も好評発売中

「1聖地編」に続く「2新風編」ではウマ娘ファンの熱狂ぶり、渡辺竜也騎手のヤングジョッキーズ・ファイナル進出、吹き荒れたライデン旋風など各時代の「新しい風」を追って、笠松競馬の歴史と魅力に迫った。オグリキャップの天皇賞・秋観戦記(1989年)などオグリ関連も満載。
林秀行(ハヤヒデ)著、A5判カラー、206ページ、1500円。岐阜新聞社発行。笠松競馬場内・丸金食堂、ふらっと笠松(名鉄笠松駅)、ホース・ファクトリー、酒の浪漫亭、小栗孝一商店、愛馬会軽トラ市、岐阜市内・近郊の書店、岐阜新聞社出版室などで発売。
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