
ゴールの瞬間「勝ったと分かった」。笠松競馬待望の生え抜きルーキー・松本一心(いちと)騎手が5日に鮮烈デビュー。新年度初日の第1レースで初騎乗し、1番人気でいきなり初勝利を飾った。2日目には4番人気馬で1着ゴール。2日連続の勝利で大物ぶりを発揮した。
父である松本剛志騎手と同じ加藤幸保厩舎に所属。初日は5頭に騎乗し、親子対決が3度もあった。新年度、無事にゲートが開いた笠松のレースを盛り上げるフレッシュな顔として大注目。応援する家族やファンが熱い視線と声援を送った。
一心騎手は兵庫県出身の17歳。地方競馬教養センターで2年間の厳しい訓練をこなし、晴れて騎手免許を取得。笠松でも5カ月間、騎手候補生として攻め馬や先輩の馬具の手入れなどに励んできた。レースで着用する勝負服は、父と同じ「山形」のデザイン(色違い)。昨年91勝を挙げて笠松リーディング2位へと躍進した父の大きな背中を追ってゲートインを果たし、ジョッキー人生をスタートさせた。

■最後の直線できっちりと抜け出す
開幕レース、一心騎手は自厩舎のチュウワシルバー(牝4歳、加藤幸保厩舎)に騎乗。2番手の絶好位をキープ。逃げたアイファーユニークに4コーナーで並ぶと、最後の直線できっちりと抜け出した。ゴール前では外から2頭の急襲を受けてヒヤリとしたがアタマ、ハナ差で勝利が確定した。
ファンからは返し馬から「頑張れよー」と熱い声援が飛び、ゴールインでは笠松待望の「ニューヒーロー」誕生にスタンド一帯が沸き上がった。
装鞍所に戻ってくると、厩舎スタッフや先輩騎手たちから「おめでとう」と祝福の声が相次いだ。早速、初Vをもたらしてくれた愛馬チュウワシルバーを囲んで、口取り写真を撮影。「祝・初騎乗初勝利」のプラカードを掲げたのは父で「良かったなあ」と勝利を祝福。同じ厩舎の先輩であり「兄弟子」ともいえる立場になるが、デビューした長男の勝利を見届け、「親心」として「取りあえず一つ勝つまでは誇れないので」とホッとした表情。やはり、わが子の運動会を見るような思いでレースを見守り、普段のクールなイメージとは違って、この上ない笑顔を見せていた。

■「ゴール前は無我夢中で追った」
6R後には、一心騎手の「祝・デビュー」の紹介セレモニーが「祝・初騎乗初勝利」セレモニーにもなった。プラカードは昨年リーディングの渡辺竜也騎手が掲げた。
単勝1.1倍という断トツ人気。「下手な競馬はできない」とベテラン騎手でもプレッシャーを受ける1番人気馬に、デビュー戦から乗ることになった。
一心騎手は「本命馬だったのですごく緊張しましたが、馬が頑張ってくれて良かった。ゴール前は無我夢中で追った」と初騎乗Vの快挙を達成。「何事も一生懸命にできるので、一鞍一鞍大切に乗り、信頼されるジョッキーになりたいです」とアピールした。

若手は「減量騎手」として負担重量軽減の恩恵もあるが、今後の目標は「取りあえず早く減量を取りたい。デビューしたばかりで、まだうまくないですが、大切に乗って皆さんに応援してもらえる騎手になれるよう頑張ります」と意欲を示した。
■手にした花束を母にプレゼント
兵庫競馬所属だった父は各地での期間限定騎乗(笠松では2度)を経て、2019年4月に覚悟を決めて笠松へ完全移籍。活躍が目立っている。生え抜きの長男は厩舎など恵まれた環境で騎乗数も多く、順調なスタートを切ったといえる。
この日は兵庫から母が応援に駆け付け、ゴール前で祈るように見守った。「ドキドキしてました。うれしいだけですね。騎手として乗る初めてのレース。最後は接戦で、かわされたかと。ぶっちぎりではなかったが1着でホッとしました」と喜びに浸っていた。また「普段は一つのことを集中してできる子で、好きなことに没頭するタイプですね。アニメの『テニスの王子様』をテレビで見て、中学時代はソフトテニス部に入って頑張っていました」という。
一心騎手は「最初にしては落ち着いて乗れた」とも語り、セレモニー後には手にした花束を母にプレゼント。「一心、ありがとう」の声とともに、ウイナーズサークル前は温かいムードに包まれ、新人騎手の活躍を優しく見守った。

■「馬が強かったですし、先生に感謝です」
親子対決は2、6、9Rで実現し、いずれも父が先着した。最終12R後に改めて、騎乗を終えた一心騎手に初日の印象を聞いた。
-1日、5頭に騎乗してどうでしたか。お父さんとも一緒に並んで乗ってましたね。
「余裕がないというか、時間に追われていました。えー、精いっぱいでした」
-最初のレースで新人が勝ったのはすごいこと。先生の指示は。
「取りあえず前めの競馬で、ハナを切っても良かったんですが、加藤誓二さんが前に行って、ペースをつくってくれたんで2番手から行きました。馬が強かったですし、先生に感謝です」
-デビューしたばかりだけど、顔のけがはどうしたの。
「調教で乗っている時に馬が頭を上げて、それを食らっちゃいました。毎日の攻め馬は15頭ぐらいです」

■「本気で騎手になろうと思ったのは、中3ぐらいから」
-ジョッキーを目指したきっかけは。
「幼いころからずっと父の騎乗を見てきたから。中学では3年間、部活でソフトテニスをやっていて、本気で騎手になろうと思ったのは、中3ぐらいからです」
-すぐに教養センターに入れて優秀だね。
「それまで馬に乗ったことは全くありませんでしたが、受かりました。乗り始めたのは教養センターに入ってからですね」
-初勝利を祝福されて良かったね。
「皆さん『おめでとう』と言ってくれました。父にも『良かったなあ』と声を掛けてもらいました」
-いつも心掛けていることは。
「一鞍一鞍を丁寧に乗ることですね。2日目は9頭に騎乗しますが、いやーしんどいですよ。父の8頭より多いですから」
■田口貫太騎手とは今春デビューした「同期」
最終レースで騎乗した父には「頼んだぞ」と後を任され、先輩騎手らの馬具の手入れに励んでいた一心騎手。近くにはJRAの田口貫太騎手の姿もあった。この日の交流戦で「笠松3勝目」を飾った後、最終レースにも騎乗し、鞍などの手入れをしていたのだ。
一心騎手の初騎乗Vを伝えると「すごいですね」と田口騎手。2人は今春デビューしたばかりで「地方と中央の違いはあるけど同期だよね」と声を掛けてみた。一心騎手は「レベルが全然違いますよ」と答えていたが、競馬の世界では、競走馬の力が最優先され、地方も中央もないといえる。貫太騎手も「関係ないですもんね」と。土・日曜は中央で、水・木曜には笠松や名古屋にも参戦している。
馬の力を最優先して、全国各地のレースに参戦しやすくする「競走馬ファースト」はJRAの国枝栄調教師が力を込めて語っていた言葉。地方・中央の壁を突き破って駆け抜けたオグリキャップのように、馬の能力やジョッキーの騎乗技術が最大限に発揮されるシステムが、日本の競馬界に求められている。

■2勝目は好騎乗で馬の力を引き出した
2日目は雨天となったが、8Rで一心騎手はホウオウモンスター(牡4歳、川嶋弘吉厩舎)に騎乗し、やはり2番手から抜け出して4馬身差の圧勝。デビュー戦Vは強い馬で勝たせてもらったが、2勝目は好騎乗で馬の力を引き出した。
続く9Rでは父も勝利を飾った。2日目は7鞍で親子対決があった。初日から9戦目となった10Rで初めて父に先着できた。騎乗馬は7番人気のレジーナクィーンで、4着に押し上げることができた。一心騎手にとってはジョッキーとして憧れの存在で、大きな目標でもある父の姿。「親子ワンツー」の夢が近いうちに実現できることだろう。
■「勝利をどんどん」ファンも飛躍を期待
ファンからは「もっと精進して勝利をどんどん積み重ねて、父や他のジョッキーも抜かしてほしい。親子が並んで走っているレースもあったし、2人とも頑張って『ワンツー』はもちろん、1着同着の『ワンワン』も見てみたい」と熱いメッセージも送られた。
また「親心としては、子どもの勝利は本当にうれしいでしょうし、いつもと違って父の顔になっていた。清流ビジョンでも口取りシーンが放映されて、拍手が起きました。一心騎手は生え抜きなんだから、いろんなこと吸収してヤングジョッキーズシリーズなどにも参戦して、どんどん飛躍してほしいです」と活躍を期待していた。

■馬淵繁治騎手は笠松へ完全移籍し「なじんでいます」
馬券不正購入など一連の不祥事で、笠松の騎手は半減し9人になっていた。所属馬も減り、12頭立てのフルゲートを満たせず。ここ1年半ほどは騎手不足が深刻になっていたが、4月からは所属騎手が2人増えた。松本一心騎手がデビューしたほか、北海道競馬所属だったベテランの馬淵繁治騎手(56)は、笠松好きの「リピーター」で2度の期間限定騎乗を経て笠松(森山英雄厩舎)へ完全移籍となった。
馬淵騎手は北海道出身で、上山でデビューしたが廃止で道営に移籍していた。笠松では昨年12勝、今年は既に9勝を挙げており、歓迎セレモニーが開かれ、プラカード係は同厩舎の大原浩司騎手が務めた。
3月まで笠松で騎乗しており、本人も「何かなじんでいますね」と笑顔が絶えず。笠松競馬の魅力について「強い馬でも弱い馬でも力の差がないというか、平均的にレースができる面白みがあります。みんな仕事熱心で、鉄人みたいな感じですね」と印象を語った。
初日6Rで逃げ切って985勝目。地方通算1000勝まであと15勝とした。笠松のレギュラー騎手となって「自分なりに頑張っていきたいと思います」と力を込めた。

■保園翔也騎手は期間限定騎乗で「馬のリズムを大事に」
浦和所属の保園翔也騎手(27)は名古屋に続く期間限定騎乗。2カ月間、伊藤強一厩舎でお世話になる。栃木県出身で高校時代はサッカー部に所属していた。
名古屋からの笠松遠征で今年8勝を挙げていたが、2日目4Rで差し切り勝ち。通算236勝目となった。騎乗数は3日間で25レースと多く、勝ち星を伸ばしていきそうだ。
歓迎セレモニーでは同期の名古屋・加藤聡一騎手がプラカードを持ち、1期後輩の渡辺騎手らの姿もあり、「真面目な同期と真面目な後輩です」とファンを笑わせた。自分は「馬のリズムを大事にするジョッキーで、たくさん勝てるように頑張っていくので応援よろしくお願いします」と意欲を示した。

■レギュラー騎手11人に、馬券販売好スタート
笠松競馬のレギュラー騎手はようやく2桁台の11人になり、場内の所属騎手一覧表は保園騎手を含めて12人に。新年度は1日12レースの3日間開催で10頭立ても多く、馬券販売は5億8000万円、5億7000万円、6億6000万円と好スタートを切った。次回の新緑賞シリーズ(後半)は14日(金)17日(月)18日(火)の変則開催となり、ゴールデンウイーク前の26日~28日にはオグリキャップ記念シリーズが開催される。
若手騎手が増えたし、3700勝を達成した向山牧騎手らベテラン勢も元気。3~4コーナーから最後の直線では迫力ある追い比べが多くなった。2、3日目の最終レースでは深沢杏花騎手がナラ、ピューリファイでゴール前の激戦を制した。笠松トップジョッキーである松本剛志騎手、渡辺竜也騎手を破っての価値ある勝利だった。