
オグリキャップは地方・笠松から中央へと駆け上がり「芦毛の怪物」と呼ばれ、ラストランの有馬記念では伝説のオグリコールが鳴り響いた。そのストーリー性から「50年、100年に1頭」と呼ばれる永遠のスターホースとなった。
人気漫画「ウマ娘シンデレラグレイ」がテレビアニメ化され、爆発的ブーム。第2話を終えて、オグリキャップのデビュー戦は、同じ芦毛馬フジマサマーチ(マーチトウショウ)との激闘になった。若き日のキャップ。昭和末のサクセスストーリーは、史実を基にしたフィクションとして現代によみがえった。
中央入り後、重賞6連勝を飾ったキャップ。天皇賞・秋、タマモクロスとの「芦毛対決」はメチャ有名だが、笠松生え抜きのキャップとマーチの芦毛2頭は、既に伝説の序章となるクビ差、ハナ差の死闘を繰り広げていたのだ。マーチに敗れたキャップは、最大のライバルを倒そうと急成長を遂げていった。

■3~6戦目はどんな戦いだったのか、マーチと死闘
キャップは笠松時代の8カ月足らずに12回走った。ただ初勝利を挙げた2戦目では、宿敵のマーチが不在だった。そしてキャップ連勝で迎えた4戦目、またしてもクビ差でマーチに苦汁をなめさせられたのだ。
「ウマ娘シンデレラグレイ」のストーリーでは、2戦目での初Vから、7戦目のジュニアクラウンへと飛んでいる。夏場のレース、苦手の800メートルや秋風ジュニアなど3~6戦目ではどんな戦いを見せたのか。「オグリの里」では、自宅にあった段ボール箱の底に眠っていた笠松時代のキャップの出馬表を発掘。「ウマ娘ファンの皆さんに『笠松版・芦毛対決』の全容を知ってもらいたい」と、専門紙・競馬エースの協力で、レース回顧を改めて掲載することにした。
5戦目までは全て800メートル戦で、出遅れ癖があったキャップ。最後の直線での強烈な差し脚が武器だが、あと一歩届かないレースもあった。漫画やアニメでは触れられていない芦毛伝説の笠松ストーリー。4~6戦目でも宿敵マーチと直接対決で死闘。地をはうような前傾姿勢が持ち味だったキャップの魂の走りを、競馬エースの出馬表や追い切り内容を参考に、鷲見昌勇元調教師の証言を交えて新馬戦から振り返った。

■デビュー戦(1987年5月19日)
オグリキャップは▲印で、離された2番人気
デビュー戦となった新馬戦は10頭立て800メートル(良馬場)。◎印は芦毛のマーチトウショウ(後藤四季治厩舎)=原隆男騎手=で、能試(能力試験)800メートル戦では51秒1で一番時計。スピード馬が多いプレストウコウ産駒で、血統面からも断トツの1番人気。馬体重は416キロ。「ウマ娘シンデレラグレイ」では1枠「フジマサマーチ」の名で登場している。
同じく芦毛のオグリキャップには青木達彦騎手が騎乗。能試は51秒8。▲印とやや低い評価で、◎は1個もなし。大きく離されての2番人気だった。馬体重は452キロ。スタートは良くないが、中団から力強く抜け出すタイプで、短評でも「追って味ある」とその末脚はトラックマンも注目していた。能試でのマーチとの「0秒7差」は、レース本番で逆転できるのか。


■◎印マーチトウショウが逃げ切り、クビ差負け
○印はフェートジョイ(大倉護厩舎)=坂口重政騎手=で、短い距離での先行力が買われた。アンカツさんは自厩舎の△印・フェートオーカン(吉田秋好厩舎)に騎乗。×印の馬には安藤光彰騎手と川原正一騎手。当時はみんなまだ20代で、豪華な顔ぶれだった。ちなみに岐阜新聞の予想は◎マーチで「能試余力」と本命視。キャップは○印だった。
レースでは「馬体は小ぶり(416キロ)ながらセンス十分。能試内容から初戦勝ちは濃厚」とみられたマーチが予想通り好スタートを決めて突っ走り、50秒0で逃げ切った。キャップ(452キロ)は出脚の差で5番手からの追走となり、3コーナーでは他馬に大きく外へ振られる不利を受けた。4コーナーでは2番手に上がって追い込んだが、先行してうまくインを突いたマーチに、クビ差だけ届かず2着に終わった。

■芦毛対決のライバル物語が幕開け
新馬戦から芦毛馬2頭によるマッチレースとなり、ライバル物語が幕開けとなった。オグリは負けて強しの内容で、大器の片りんを見せた。◎→▲で決まり、枠連①―⑤の配当は440円だった。
単複の馬券はあまり売れなかった時代。単勝はマーチが158票に対してキャップが34票。出走表には1R「惑星多彩」とあるように、2着以下は混戦とみられていた。ガチガチの本命レースなら枠連200円台前半が多かった当時の笠松だが、1、2番人気で440円なら「いい配当」でもあった。マーチの単勝は140円で複勝は110円。一方、キャップの複勝は26票しか売れず、210円も付いた。
3着には無印で7番人気のノースヒーロー(飯干秀人厩舎)=小森勝政騎手=が食い込んだが、2頭からは引き離されて5馬身差。複勝は最低人気だった。○フェートジョイは6着、アンカツさんのフェートオーカンは8着に終わった。

■鷲見元調教師「4コーナーでビューンと振り回された」
「ウマ娘シンデレラグレイ」笠松時代のトレーナーが北原穣さん。そのモデルの一人とみられるのが鷲見元調教師だ。キャップの笠松デビュー戦は自厩舎の高橋一成騎手ではなく、青木達彦騎手が手綱を取ったのはなぜか。鷲見元調教師は「高橋もいたが、青木は親しい鈴木良文調教師のところの弟子だったので頼んだ」と初戦を任せた。青木騎手は当時22歳、デビューして4年の若手だった。「レースでは4コーナーで(他馬に)ビューンと振り回されて2着だった」と大外を回らされたことを敗因に挙げた。
一方のマーチは、原隆男騎手が先行してうまく内に入れて逃げ切った。当時管理していたのが後藤四季治調教師で、一家は笠松競馬を長年支える名門ファミリーとなった。強い馬づくりは東海ダービーをワイズルーラで制覇した後藤保調教師から、現役で活躍している正義、佑耶調教師へと受け継がれている。キャップが中央競馬に移籍した88年、マーチは東海ダービーで4着だったが、重賞「岐阜王冠賞」を川原正一騎手の騎乗で制覇した。

■2戦目(1987年6月2日)
マーチ不在、キャップ圧巻の初勝利
デビュー戦は2着惜敗だったが、2戦目も800メートル。競馬エースには◎印がキャップに5個並んだ。ただ一人、△印もあるが、今度は文句なしの主役。デビュー戦で3着以下には5馬身以上引き離し、勝負づけが済んだ相手6頭との再戦になった。宿敵マーチは不在で、対抗の○印は前走3着で実戦派のノースヒーローとなった。
キャップは断トツの1番人気。前走ただ一頭50秒台で、負けられない一戦となった。騎乗したのは鷲見厩舎所属の高橋一成騎手。能力試験、デビュー戦で乗った青木達彦騎手から変更となった。
■最後方から差し切り、「芦毛の怪物」伝説序章
キャップのスタートは一息で出遅れたが、ワンターンのスプリント戦で圧巻の初勝利を飾った。最後方からの競馬となったが、3~4コーナーで一気に先頭を奪うと、最後の直線では高橋騎手も手綱を持ったまま。2着ノースヒーローに4馬身差をつけてゴールイン。後方待機策からの強い勝ちっぷりで、同世代のエース候補に躍り出た。
枠連は①②で330円と本命が入ったが、単複では異変を招いた。単勝「110円」に対して、複勝の方が高い「130円」という通常あり得ない配当となったのだ。単勝458票中309票(67.5%)をキャップが占めたのに対し、複勝は235票中75票。単複が売れない地方競馬ならではの珍事。「芦毛の怪物」伝説の序章となった。「ウマ娘シンデレラグレイ」では、場内特設ステージでレース後に応援してくれたファンへの感謝の気持ちを表すウイニングライブも開かれて「カサマツ音頭」を披露。初勝利を祝った。

■3戦目(1987年6月15日)
6馬身差で2勝目
デビュー3戦目も800メートル戦で完勝した。競馬エース本紙の印はキャップに◎だが、トラックマンら全体では◎2個で、まさかの「無印」(スポーツ紙)もあった。これに対して、牝馬のフェートチャールスが◎4個で上回った。
前走タイムはキャップが51秒4。チャールスは新馬戦を49秒9で逃げ切っており、「突っ走りそう」と高評価。2着馬を5馬身も引き離して楽勝だったが、ダートではタイムが速くなる不良馬場でのものだった。
キャップは末脚の爆発力がすごく「2勝目に王手」と単勝1番人気。チャールスも差のない2番人気で一騎打ちムード。

キャップの手綱を取ったのは、デビュー戦で乗った青木達彦騎手。「初戦は不利を受けても、闘志をむき出しにして走り、豪快に追い込んだ。ものすごく強い馬では」と自信を持って騎乗し、能力を発揮させた。
9頭中、牝馬が6頭でキャップにとっては初めての重馬場でのレース。○▲△印を牝馬が占めて惑星多彩だったが、終わってみれば、キャップが2着のチャールスに6馬身差をつけて完勝。3番手から4コーナーで2番手に上がると、逃げたチャールスをあっさりと抜き去り、突き放した。タイムは49秒8。ラスト3ハロンも自己最速の36秒7。重馬場は得意で、中央入り後も湿った馬場で負け知らず。毎日杯(重)や2度の毎日王冠(やや重)を制覇した。
3戦目を勝ったキャップ。枠連は⑤⑧で230円。複勝はチャールスの方が多く売れていて、キャップの160円に対して、チャールスは110円という異変もあった。チャールスは次の一戦で、マーチトウショウを倒しており、実力は十分だった。

■あご張りがいいし食い込みがいい、やはり大食いキャラ
「キャップが笠松でデビューした頃、そんなに走る馬だと思ったのか、どうでした」と鷲見さんに直撃してみた。「そりゃ体形が違ったから、あご張りはいいし『トモ』の筋肉もグワーッとすごく良かった」。手にされた「オグリの里」の表紙のキャップの馬体(引退直後)を指しながら、その素晴らしさを説明していただけた。
「あご張りがいい馬は、(飼い葉などの)食い込みがいい訳だ。(生まれた時に「外向」だった)右前脚だけは心配した」という。「ウマ娘シンデレラグレイ」では大食いキャラで飼い葉食いがいい馬だが、骨格的にもそれを裏付ける元調教師の証言。食欲旺盛で成長期にガッツリ食べて、たくましい馬体で駆け回ったのだ。

■4戦目(1987年7月26日)
キャップ、笠松「芦毛対決」でまさかの連敗
キャップの4戦目はリベンジのチャンス。宿敵マーチとの2度目の「芦毛対決」となった。キャップは連勝中で断トツの1番人気だったが、落とし穴が待ち受けていた。
競馬エースはキャップにグリグリの◎印6個。前走を逃げ切ったフェートチャールスが〇印。同じレースで出遅れて3着に敗れたマーチトウショウが今回は▲印に甘んじていた。
キャップはデビュー戦でマーチに惜敗しており、リベンジのチャンスだった。「エンジンがかかってからのスピードはケタ違い」との評価。2戦目で初勝利に導いた自厩舎の高橋騎手が騎乗した。
800メートル戦。ともに出遅れたが最後方から追撃し、一気に馬群を割ったマーチトウショウが原隆男騎手の騎乗で1着。最後は芦毛2頭のマッチレースになったが、猛然と追い込んだキャップはまたしてもクビ差及ばず。2度目の芦毛対決もマーチトウショウに軍配が上がった。キャップの負担重量は55キロで1キロ増量。40日以上もレース間隔が空き、14キロ増の馬体重も響いたのか。距離不足にも泣いた。3着は3馬身差でフェートジェットで、フェートチャールスは7着に終わった。

■打倒・マーチへ「もう負けられない」
枠連は①⑦で450円。芦毛2頭のワンツーではまずまずの配当となった。キャップは中央入り後、同じ馬に2度も先着を許したのはタマモクロス、スーパークリーク、ヤエノムテキ、オサイチジョージと4頭いたが、さすがに3敗した相手はいなかった。もう負けられないキャップ。17日後、再び2頭による宿命の対決は火花を散らした。
オグリキャップを笠松に連れてきたキーマンである鷲見元調教師は「マーチトウショウには2回やられた。4戦目、高橋の時、今度はソエが痛かった。このくらいの痛さなら負けないと思って出走させたが…。負けたのはこの2回(クビ差)だけで、あとは勝った」。青木騎手も初戦は負けたが、3戦目では6馬身差で圧勝した。打倒・マーチトウショウに燃えたオグリキャップ陣営。真夏のこの時点では「東海ダービー制覇」を大きな目標としており、中央移籍など誰も考えていなかった。(5戦目以降、次回に続く)

■飛山濃水杯は兵庫のフクノユリディズ逃げ切りV
時は流れて令和の時代、オグリキャップ生誕60年を迎えた。4月17日にはオグリキャップ記念トライアルの岐阜新聞社・岐阜放送賞「第7回飛山濃水杯」(1400メートル、SPⅡ)が行われた。昨年から西日本地区交流となり、11頭立てで兵庫から4頭、佐賀から1頭が遠征してきた。東海勢は名古屋から5頭も参戦したが、笠松からは1頭のみと寂しいゲ-トインとなった。
レースは兵庫で7連勝中の2番人気フクノユリディズ(セン馬5歳、田中一巧厩舎)がスピードで圧倒。井上幹太騎手の好騎乗で鮮やかに逃げ切り、重賞初制覇。1馬身差の2着に名古屋のエイトワン=大畑慧悟騎手=、3着は笠松・ブルーリボンマイル勝ちの兵庫・ヒメツルイチモンジ=笹田知宏騎手=が入った。
フクノユリディズが外からスタートダッシュを決めて先頭に立ち、2番手にエイトワン。スムーズな流れから4コーナーで馬群はやや詰まったが、フクノユリディズは後続を振り切って1分27秒7の好タイムでゴールイン。8連勝でオグリキャップ記念切符をゲットした。一昨年のくろゆり賞勝ち馬の兵庫・スマイルファルサーは4着、1番人気・愛知のメイショウタイセツは5着だった。

■「オグリキャップ記念も頑張ります」
井上騎手は「ホッとしています。逃げ一択で馬を信じて乗った。完璧に仕上げてもらって、馬に気合を入れて頑張ってくれと。成長しており、結果を残してくれて頼もしいです」と愛馬をたたえた。自らも兵庫移籍後初の重賞勝ちを飾り、「先生、馬主さんに感謝しています。(ここに)また帰ってくるんで応援してください」とファンに呼び掛けた。
笠松コースについては「乗るのは3回目ぐらいで、きょうは逃げが利かないような馬場でしたが、みんな行く感じもなかったんで逆にそれが良かったです。またオグリキャップ記念も頑張ります」と1カ月後の本番に意欲を示した。優勝馬の口取り写真撮影には井上騎手と同期の木之前葵騎手も参加してくれた。

初めての輸送競馬もクリアし、田中一巧調教師は「追い切りから手応え抜群でした。笠松は前開催より砂が深くなっていて、この馬もいつものペースではなかったが、結果的には良かった」。次はオグリキャップ記念の予定で「全国交流なんで一気にメンバーは強くなりますが、緩いペースではやらないんで」と得意の1400メートル戦で逃げ切り再現を目指す。
笠松代表としてただ1頭参戦したチュウワノキセキ(セン馬8歳、加藤幸保厩舎)。マーチカップ5着後はここを目標に調整。エース渡辺竜也騎手の騎乗で存在感を示したかったが10着に終わった。地元古馬勢の層の薄さが露呈され、パドックでもファンを失望させた。飛山濃水杯という郷土色豊かなレース名からも、地元馬のレベルアップ、より多くの参戦が望まれる。ゴール前では、兵庫勢応援で来場したファンの声援が目立った。
今年のオグリキャップ記念は5月15日に開催される。1着賞金は500万円増額されて3000万円となり、ダートグレード競走級となる。距離は以前の2500メートルから1400メートルに短縮されており、全国のスプリンターが集結し、ハイレベルな一戦になりそうだ。
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(筆者・ハヤヒデ)電子メール ogurinosato38hayahide@gmail.com までお願いします。
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