自宅から程近い伊木山を登山する高田明浩さん=2021年8月、各務原市鵜沼

 2021年5月20日、息子の明浩は、デビュー戦を迎えました。3月6日にプロ入りを決めてから2カ月以上、待ちに待った対局でした。

 デビュー戦は、順位戦でした。五つのクラスに分かれ、1年を通して対局し、年間の対局結果で昇級や降級が決まる、最も重要な棋戦です。

 プロ入りした棋士は、一番下位のクラスであるC級2組に参加します。その上がC級1組です。その上にB級2組、B級1組と続き、最上位はA級です。A級で最も良い成績を残した棋士は、名人に挑戦します。

 C級2組には50人以上が在籍しています。そして、年間成績で上位の3人だけがC級1組に昇級できます。クラスを一つ上がるだけでも、非常に大変です。

 順位戦は棋戦の中で最も持ち時間が長く、一人一人の持ち時間は6時間です。対局は午前10時に始まり、午後10時ごろ終わる場合が多いですが、深夜に及んだり、日付をまたいだりすることもあります。

 それに対して奨励会の対局は、持ち時間が1時間半です。新人棋士は、持ち時間のあまりの違いに対応できず、順位戦では苦戦するケースが多いです。

 息子は、デビュー戦で、持ち時間を3時間くらい使うことを目標としていました。結局、1時間40分しか消費できませんでしたが、プロデビュー戦を白星で飾り、幸先の良いスタートを切りました。

 その後も、他の棋戦で3連勝しましたが、6月の順位戦では敗戦します。そして、再び、他棋戦で4連勝しましたが、7月の順位戦でも敗れました。

 息子は、順位戦の持ち時間の長さにうまく対応できない様子で、その頃は「みんな、なんであんなに考えるのだろう」と、よく話していました。

 息子は、高校卒業以来、それまでのように自転車に乗らなくなり、運動しなくなったことも、不調の原因と感じていました。そして、私と一緒に自転車で遠くの回転寿司(ずし)店へ出かけたり、地元の伊木山に登ったり、1人で自転車に乗ったりと、意識的に運動するようになりました。

 順位戦を半分終えた時点では1勝4敗で、降級点を取るのではと心配しました。しかし、後半戦は持ち直し、最終的には5勝5敗で終えました。

 持ち時間の長い対局では、身体的な体力はもちろん、長時間考え続けることのできる思考体力が必要です。順位戦の対局後は、体重が数キロ落ちる人もいるという話も聞きます。

 一日中、同じことを考え続ける棋士の思考体力は、普通の人にはまねのできない驚異的なものだと感じます。

(「文聞分」主宰・高田浩史)