
秋華賞を制覇し、アーモンドアイを3冠牝馬に導いた国枝栄調教師
―先生が調教師免許を取得されたのは1989年でした。ちょうどオグリキャップが活躍していた頃ですが、当時の印象はどうでしたか。
「いやーすごかったですよ。まだ調教師になってなかった時に(調教助手時代)、オグリキャップが中央に来て、レースでは破天荒な競馬でした。美浦にも来たりしていて、温泉に行ってる時にも見てきましたし、すごい馬でした。とにかく時代を変えたというか、国民的ヒーローになる馬だったですね」
初年度産駒のオグリダービーを預かり、テレビドラマ出演
「調教師になってから、(種牡馬になった)オグリキャップの最初の世代で、オグリダービー(92年生まれ)という馬をやらしてもらったんですよ。残念ながら、そんなに走らなかったんですが(デビューに至らず)、初年度産駒だったと思います。そのおかげでNHK地方局(茨城)のテレビ番組にも出たんですよ。
「オグリキャップの子どもを世話し、美浦の近くの牧場で女の子が働いていて『夢を駆ける』という内容でした。オグリダービーとのセットで番組を作ったんですよ。その馬がうちの厩舎に来てたんで、牧場で取材されたりして結構面白かったです。だからオグリキャップに関してはすごくいろいろな思い出がありますよね」
※オグリダービーといえば、笠松競馬場を舞台にした「オグリの子」(阿部夏丸著)というNHK番組(98年放送)にも登場。オグリキャップの子として勝ち続け、中央デビューを目指す姿に夢を託す児童3人の物語だった。同じ馬名でモデルになった馬を、国枝厩舎で預かっていたとは…。
「いま、オグリキャップの名前はレース名には残っているんですか」と国枝調教師。「オグリキャップ記念が4月に行われています。今年は不祥事で中止になったが、笠松では11月の笠松グランプリとともに賞金が一番高い1000万円クラスのレースです」と伝えると、「笠松でレースとして残っているんですね」と納得された様子だった。
「ウマ娘」ブームは、コラボで一般ファンとして捉えて
―「ウマ娘」ブームとかはご存じですか。オグリキャップの漫画もあって、聖地巡礼で若いファンも笠松に来てますが。そういうコンテンツに関してはどう思われますか。
「ウマ娘ですね。サイバーエージェントね。いまの世の中、想像がつかないようなバーチャルとか、いろいろなデジタルとかがある。それにコラボで、いいコンテンツとして(競馬の世界に)入っていくのはすごく面白くていいね。トラディショナルなところはキチッとやっていくのは必要でしょうが、(ウマ娘とかを)一般ファンとして捉えて、話題を提供していくのは、それはそれでいいと思いますよ」

阪神ジュベナイルフィリーズを豪脚で制した2歳女王サークルオブライフとミルコ・デムーロ騎手(競馬ブック提供)
「すごくタフな女の子」、自信があったサークルオブライフのGⅠ勝利
―あしたはGⅠレース(阪神ジュベナイルフィリーズ)がありますが、国枝厩舎のサークルオブライフは上位人気ですね。
「すごくタフな女の子なんだけど、信頼できる雰囲気。メンタルやフィジカルからも十分に勝てる能力があると思いますよ」
―サークルオブライフという馬名ですが、(日本ダービーを勝った)キズナっぽい感じで、いい名前だなあと。
「千代田牧場の馬で、ネーミングがすごくしっかりされているんで、いい馬名だと思います」
―騎乗するミルコ・デムーロ騎手は、笠松でもTシャツ(「好きです!笠松競馬」)を着てトークショーで盛り上げてくれたことがあり、応援していますが。
「ミルコはイタリアンで、早くから日本に来てすごくフレンドリーで、いろんな事に積極的に取り組んでくれる貴重な存在です」
―サークルオブライフは、活躍が目立つエピファネイア産駒。アルテミスSの勝ちっぷりが良かったが、メンバーはどうでしたか。
「結構良かったですよ。未勝利戦をすごく大味な競馬で勝って、それが本当に実力があるかどうかをアルテミスSで証明してくれたんで、やはり能力はある。うちには牝馬が何頭もいるが、そのなかでも信頼できる一頭です」
―阪神は直線が長くて外差しも決まる馬場だと。
「前残りも目立っていて、昨年のソダシのような馬が優位かなあと。うちのサトノレイナスはちょっと届かず(ハナ差2着)でしたが、サークルオブライフはそれよりうまく乗ってこれるんじゃないかな」
寺島良調教師とは同郷で、新たに「オグリさん」も調教師試験に合格
―地元・北方町出身では、寺島良調教師(40)=栗東=もいらっしゃる。おととしのエリザベス女王杯(ミスマンマミーア=寺島厩舎、フロンテアクイーン=国枝厩舎)で2人をお見掛けしましたが、寺島さんとはどうですか。(自分も2人と小中学校が一緒で近所である)

ラッキーライラックが勝ったエリザベス女王杯のレース前。スタートを待つ国枝調教師と寺島良調教師
「寺島調教師とはきょうも中京競馬場で一緒でした。調教師免許の合格発表が2日前にあって、岐阜農林高校(北方町)出身者が受かったそうで、近いんですよね。関西ということで、寺島調教師がよく知っていました。また、五輪・馬術に出場した戸本選手は北方町のすぐ隣の出身なんですよね。このところ、競馬や馬関係で岐阜が…」
※今回、調教師試験に合格したのは「オグリさん」だった。岐阜市出身の小栗実さん(34)で、岐阜農林高の動物科学科3年時には、日本学校農業クラブ全国大会で最優秀賞(農業鑑定競技・畜産の部)を受賞した。高校には馬術部もあるが、陸上部副主将として走り込んでいたという。当時から厩務員に憧れ、栗東・鈴木孝志厩舎で調教助手を務めている。これで岐阜県出身で、北方町つながりの調教師は3人になった。東京五輪の総合馬術では、北方町に近い本巣市真正中学出身の戸本一真選手(38)が、人馬一体の飛越を決めて日本勢過去最高の4位に入賞した。
「(小栗さんとは)面識はないが、そのうちどこかで会うでしょう。(寺島調教師の実家は老舗の書店で)子どもの頃、よく利用していましたよ。2人は栗東だし、寺島調教師によると『うちからも、岐阜農林高に教科書を納入していた』そうで、高速道が便利になって田舎に帰るのも早くなったって」
―このところ、岐阜県にそういう調教師さんら競馬関係の流れがあるのは、安田伊左衛門さん(初代JRA理事長)の影響もあるのかと思っちゃうんですが。
「自分が競馬に興味を持った頃は、ほとんどマイナーだったからね。それがハイセイコーだ、オグリキャップだといって火をつけて、中央競馬がどんどん右肩上がりで広がっていって、ここまで来たんで。いい業界に入ったなあと思っています」
「JRA理事長を長年務められた高橋政行さんも本巣高校(国枝調教師の母校)出身で、高校の後輩だからといって、えらいかわいがってくれたんですよ。うちの高校から東大を出て理事長になるなんて、まずあり得ないことでしたからね」
※高橋政行さん(旧本巣町出身)は1999年から2007年までJRA理事長。「ファンのための経営」を貫き、ワイド馬券導入などファンサービスに力を注いだ。10年には笠松競馬の運営推進協議会委員として、JRAの現状などを踏まえ、笠松競馬の経営改善に向けて提言。各地方競馬について「地域の人が『われわれの競馬場』だと育てていく雰囲気が必要」と地元に密着した経営をアドバイスした。
「ダービーは勝ちたい。牝馬でもチャンスがある」
―先生にはダービートレーナーになってほしいという思いが強いですが。
「それはもちろん、もう喉から手が出るくらいで、やはり勝ちたいと思います」
―サークルオブライフでは、もし順調にクラシック路線の桜花賞とかへ進めたら、どうですか。
「それこそウオッカが牝馬でもダービーを勝ったんですよね。あまり牝馬の挑戦はないんですが。(桜花賞など)その時の勝ち方とかメンバーで、これならというような状況なら、牝馬でもチャンスがあるかなあと」
「昨年、牝馬でダービーに出したサトノレイナスですが、あの馬は本当に走ったんですよ。負けちゃったけど(5着)、いい勝負をしてくれた。やはりその時の馬の出来とか能力とか、相手関係とかいろいろ考慮して。牝馬でもダービー挑戦はあるんでね」
「あとは男馬で、今年はホープフルS(12月28日)に使うコマンドライン(前走・サウジアラビアロイヤルCで重賞勝ち)が本命なんだけど。そこからクラシックに持っていき、ダービーをと思っています。ディープインパクトの子で、なかなかいい馬なんでね。(ダービー挑戦は)来年を含めてあと4回ぐらい頑張るつもりです」

ラストランとなった2020年のジャパンカップで、3冠馬3頭の頂上決戦を制したアーモンドアイ(競馬ブック提供)
アーモンドアイの子でもダービーに挑戦できれば
―JRAの調教師には定年(70歳)もあることですから。
「夢みたいな話だけど、アーモンドアイの子が来年生まれるんですよね。父がエピファネイアで、(国枝厩舎で預かって)その子でダービー挑戦というところまであれば、すごくできた話だなあと。盛り上がるとは思うけどね」
―先生にとっては限られたチャンスになりますね。
「馬っていうのは、まず無事に種付けし、うまく生まれて、無事育って、勝ち抜いてこられるかという、いろんな壁がありますから。そういう意味では本当に夢のような話です」
―調教師として通算1000勝も近いですね。(JRAで980勝=12月24日現在)
「いろんな方のご支援でね。まあ自分では適当にやってきて、ここまでできたからね。途中でいろいろあれば、やめちゃっただろうし、けがをしたり病気でもすれば駄目だったが。やっぱり馬じゃないけど『無事』というのが一番ですよね。無事にやってれば、どこかにたどり着くかなあと」
競馬以外では、ゴルフ番組に出たんですよた
―競馬以外の時間はあまりないでしょうが。
「暇を見て、下手なゴルフをやっています。この前、BSのゴルフ番組に出たんですよ。大久保洋吉元調教師(競馬番組の解説者)とね。あとはボウリングもね。基本的には月曜日休みで、牧場へ行ったりもするが、馬主さんとの付き合いがあって、やはり皆さんゴルフ好きな人が多いから」
―お酒の方はどうですか。
「もう、やめたんですよ。ドバイへ行って緊張していたのか、飲んでちょっとフラフラしちゃって。それから飲まないようにしている。いまはせいぜい口をちょっと付けるぐらいでね。本質的にはあまり飲めないから」
中学時代の国枝少年に、競馬の魅力を教えた友人の馬渕さんからも質問が飛んだ。
ホースマンとして大事なことは「しぶとさかなあ」
―簡単な業界じゃないから苦労もあっただろうが、調教師にとって一番大事なことは何だろうか。
「世界中に調教師がいて、競馬があって、いろんな事をやってるんで『ひとくくり』というわけにはいかないけれど、一番重要なのは、そうだねえ『しぶとさ』かなあ」
―馬を見るのは大事だが、それだけでは調教師として大成できないだろうし、営業力や広報力もいるでしょうね。
「お客である馬主さんの信頼を得ていくところで、全てうまくいくわけではない。そこには、いろんな事を自分なりにそしゃくして、お客さんに対応していくことかな。それは厩舎でもそうだし、業界的にもね」
―いい馬を預けてもらう努力が大切だろうね。
「波があるんで、それにうまく乗っていくことかな。半分は『運』みたいなところがあって、何でも真面目にやっていればいいというだけでなく、人との出会いが大切。自分にとってはフジさん(藤沢和雄調教師)と知り合ったのがでかいね。馬主さんでいうと、金子真人さんとの出会いが大きいですよね」
※金子さんはディープインパクトの馬主でもあり、国枝厩舎との相性が良く、ブラックホーク、ピンクカメオ、アパパネ、アカイトリノムスメの4頭でGⅠを9勝。

芝GⅠ最多の9勝を飾ったアーモンドアイ。中山競馬場での引退式で偉業をたたえ、別れを惜しむ国枝調教師ら関係者(競馬ブック提供)
3冠馬3頭の対決でアーモンドアイが勝ってハッピーエンド
ぎふチャンのラジオ番組「聴く新聞」の記者からは、繁殖馬になったアーモンドアイと国枝調教師の「夢」などについて質問があった。
―アーモンドアイには繁殖という仕事がありますね。
「あそこまでになっちゃうと、資産的価値もそうだろうし、記録をつくって無事に引退させたいという思いがあった。天皇賞・秋を勝って記録を更新し(GⅠ最多8勝目)、ルメール騎手も涙ぐんじゃって。自分としては、引退でもいいかなあと思ったが、(ラストランは)ジャパンカップになった。競馬は何があるか分からないんで、骨折しようものならそれで終わりというケースもあるので。それが3冠馬3頭の対決で、しかもアーモンドアイが鮮やかに勝ってハッピーエンドになり、フィナーレとして申し分なかったです」
「競馬はブラッドスポーツ(血統)なんで、繁殖牝馬、子から孫へとその一族が栄えていってくれれば。自分が携わった馬が血統図に残って、今後アーモンドアイの子や孫が大きいところを勝ってくれればと思います」
競馬について考える基本は、自分がファンであること
―ファンから競馬の世界に入った国枝さんだからこそ、ファンがワクワク、ときめくようなようなコメントや舞台を見させてもらっていますが、そういった意識はありますか。
「それは根底にはありますよ。競馬のことについていろんなことを考える基本は、自分がファンであること。だからファンの立場から見たらどんな事がいいのか、必要なのかを考えますよね。メディアに出るのもそういう意味では重要なことだと」
―国枝さんの夢とは、ズバリ。
「競馬でいえば、やはりダービーを勝つことですよね」
―アーモンドアイの子どもへのつながりでは。
「夢物語でいけば、アーモンドアイの子どもがダービーを勝つ。それを自分がやっていることですね。でも大変だと思うよそれは。アカイトリノムスメがアパパネの子で初めてGⅠ(秋華賞)を勝ったんですよね。GⅠ馬からGⅠ馬。しかも3冠牝馬と3冠取ったディープインパクトの子でした。アーモンドアイの子でダービー馬が誕生すれば、ずーっと記録にも記憶にも残りますよ」
サークルオブライフとコマンドラインの2頭出しでダービー挑戦を
国枝調教師悲願の日本ダービー制覇へ、残るチャンスはあと4回。来年2月に定年を迎えられる藤沢調教師もダービー制覇は開業30年目の2017年、延べ19頭目のレイデオロだった。国枝厩舎からはホープフルSで本命視されているコマンドラインが、順調ならダービーにも挑戦することだろう。
先にGⅠを制した2歳女王サークルオブライフは、距離が延びてより力を発揮するタイプ。桜花賞からオークスではなく、思い切ってコマンドラインとの2頭出しで「夢の頂」であるダービーに挑戦してほしいものだ。「牝馬の国枝師」だけに、ダービー制覇の夢実現はウオッカのように「牝馬で達成されるのでは」という予感もある。GⅠで22勝を飾り、来年はデビューから33年目。可能性がある限り、大きなチャンスを生かして、ホースマンの集大成として悲願のダービートレーナーに輝いてもらいたい。