記者の問いかけに答える越智しづ子さん(仮名)=岐阜県内

 2020年3月25日未明。岐阜市の橋の下で共に生活していた越智しづ子さん(73)=仮名=と渡邉哲哉さん=当時(81)=が、何者かに襲撃された。石や土の塊を投げつけられ、しつこく追い回された。暗闇の中で1キロほど逃げ惑ったが、土の塊の一つが渡邉さんの顔面を直撃。転倒して亡くなった。当時19歳の少年5人が逮捕され、うち2人は傷害致死罪で実刑判決を受けた。

 あれから5年。事件で抱いた恐怖からアパートへ入居した越智さんは今、再び路上で暮らしている。居場所を訪ねた記者の呼びかけに返事をした越智さんは、のっそりと立ち上がると、傍らに干していたウインドブレーカーを羽織った。世間話こそ穏やかに応じたが、話題が事件のことに及ぶと表情を険しくした。「あの鬼畜どものことは、今だって憎くてたまらん」

 日中は自転車に乗って出かけて行き、夜は釣り人にもらったというテントの中で眠る。もう襲撃への恐怖はないのか。生活に不自由はないのか。「そりゃ怖いですよ今だって。でも、ここにおれば窮屈やないからね。それに、あのこと(事件)と、私が今ここで暮らしとることは、全く別の話なんや」

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 事件発生直後、越智さんは警察署での保護を経て、一度は市内のアパートへ入居した。だが、路上生活歴が通算20年ほどと長かったこともあって、アパート暮らしになじめなかった。

 当時、居住支援法人を介して越智さんの部屋探しに関わった不動産業の男性(42)は「渡邉さんと一緒に暮らしていた橋の下への思い入れは、相当に深かった」と振り返る。事件で抱いた恐怖心からいったんは自ら入居を希望したものの、渡邉さんが路上で飼っていた猫の世話ができるよう、猫が飼える物件か、橋から近い場所での生活を強く求めたという。

 だが、そうした条件に合致する物件はなかった。そもそも越智さんは当時、住民票が抹消されているなど身分を証明できるものを持っていなかったため、携帯電話の契約やマイナンバーカードの作成といった手続きをする必要があった。不動産業者は住まいの確保を優先するために、賃貸保証会社の審査を「無保証」として後に回し、やっとの思いで越智さんを住まいにつないだ。

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 橋から4キロほど離れたアパートで暮らし始めたが、次第に部屋を空けることが増えていった。業者や市のケースワーカーが訪問しても、いつも不在だった。入居を機に受給し始めた生活保護は、居住の実態がつかめないことから一時停止となった。何度も置き手紙をしたが、手に取った形跡がないまま時が過ぎた。

 業者は物件の管理会社や大家の理解を得て、部屋の荷物を残したまま賃貸契約を解除。やがて生活保護は「失踪」として廃止となった。完全にアパートを離れたのは、今から2年ほど前だったとみられる。

 越智さんにも言い分があった。「両隣の部屋の住人が私に嫌がらせをしてきたんや。あんな場所には、もうおれんなと」。一方で越智さんは、こうも話した。「私は好きでここ(路上)におるわけやない。もう年やから、本当はアパートで暮らしたい」

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 ホームレスが国の統計上は減少する中、地域社会とのつながりを築けないまま孤立する人たちが確かにいる。岐阜県内で起きた二つの事件から、その実情をたどる。
(この連載は山田俊介、坂井萌香が担当します)

 【岐阜市ホームレス襲撃事件】2020年3月25日未明、岐阜市河渡の河渡橋下の河川敷で暮らしていた渡邉哲哉さん=当時(81)=が少年グループに襲われ、脳挫傷などで死亡した。石を投げられるなど事件以前に少なくとも6回襲撃されており、計10人ほどが関わっていた。大学生など当時19歳の少年5人が約1カ月後に逮捕され、うち2人が傷害致死罪で実刑判決、1人は少年院送致、2人は不起訴処分となった。


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山田俊介(やまだ・しゅんすけ)2012年入社。岐阜市政担当、司法担当、県警担当を経て、23年10月から本社遊軍。精神疾患の当事者らと向き合う「ドキュメント警察官通報」など、福祉分野の連載を手掛けてきた。1児の父。岐阜市出身。
 
坂井萌香(さかい・もえか)2020年に関西の新聞社に入社後、警察担当と写真部を経験し、23年3月に岐阜新聞社に入社。長野県出身。中学生のときから大好きだった書道を学ぶため、大学時代を岐阜で過ごす。たくさん歩いてたくさん記事を書いて、岐阜の魅力を届けることが目標。