脳神経外科医 奥村歩さん

 アルツハイマー病の新薬レカネマブの登場に伴って、認知症に効果を認める抗認知症薬は、大きく2種に分けて呼ばれることになりました。症状緩和薬と疾患修飾薬です。従来のドネペジル(アリセプト)などは症状緩和薬に、レカネマブは疾患修飾薬に分類されます。

 症状緩和薬には、現在5種類の薬があります。家庭でお飲みいただく錠剤と貼り薬です。状態に合った薬が使われると「元気が出た」「意欲が改善した」「穏やかになった」など、ご本人・家族が手応えを感じる効果があります。病院での認知機能検査の数値も2~3点回復する場合が多いです。しかし症状緩和薬で、アルツハイマー病が根本的に改善することはありません。症状緩和薬は風邪(急性上気道炎)薬に例えると、発熱や喉の痛みが軽減する解熱鎮痛剤に相当します。

 それに対して、疾患修飾薬は、その疾患の原因そのものに作用します。インフルエンザであれば、タミフルなど抗ウイルス剤に相当します。アルツハイマー病の場合、その原因といわれるアミロイドβ(ベータ)に作用するのが疾患修飾薬です。レカネマブは、アミロイドβを除去する作用があり、現在の日本で使用可能な唯一の疾患修飾薬です。

 抗認知症薬を、さらに戦争で例えます。症状緩和薬は、戦いに疲弊した兵士の英気を養う作用があります。ドネペジルによって味方が元気を取り戻します。しかし敵が弱るわけではないため、疾患の攻撃は続き、やがては認知機能が低下する方向に進みます。

 グラフは、横軸が経過時間、縦軸が認知機能を示しています。それが示すように、症状緩和薬は投与後、認知機能に下駄を履かせます。比較的高齢の認知症の場合、この薬剤が効率的に最善のことが多いです。しかし、より若年発症の認知症では長期的にみると、認知症の進行は症状緩和薬では改善されません。それに対して、疾患修飾薬は、敵の中枢そのものを攻撃する治療です。そのため、グラフで示したように認知症の進行速度の傾き自体を変化させます。

 レカネマブは、アルツハイマー病に対して画期的ですが、ハードルが高い薬です。なぜなら、症状緩和薬のように家庭でお使いいただく薬ではなく、1回1時間の点滴を2週間ごとに、1年以上にわたって専門病院にて継続しなければならないのです。薬の適応・選択・導入には、かかりつけ医・専門医との十分な相談が必要です。お悩みの場合は、ご遠慮なさらず当院を受診してください。