循環器内科医 上野勝己さん
厚生労働省によれば、日本人のうち40歳以上の男性の3人に1人、女性の4人に1人は糖尿病か予備軍であり、終戦後ほぼゼロであった糖尿病は、今や推定有病率20%の国民病となりました。糖尿病の発症危険因子としては、①加齢②家族歴③肥満④運動不足⑤耐糖能異常による血糖値の上昇があります。
放置したり、中途半端な治療を続けたりすれば、50~60代、早ければ40代で糖尿病性網膜症による失明、足壊疽(えそ)による下肢切断、糖尿病性腎症による透析、狭心症や心筋梗塞、脳卒中、そして心筋肥大や心筋の線維化による心不全が発症します。合併症に対する治療には限界があり、心不全を発症した糖尿病患者の5年生存率はわずかに10%前後という海外データもあります。
日本人の肥満は増加しており、糖尿病患者の平均BMI(体格指数)は25を超えています。欧米人に比較して、日本人はインスリンの分泌能が低く、肥満の程度が軽くても糖尿病を発症しやすく、特に糖尿病の家族歴のある人の肥満には注意が絶対必要ですが、これまで肥満に対する有効な治療法はありませんでした。
今年、32年ぶりに肥満症治療薬が承認・発売されました。GLP-1受容体作動薬という糖尿病の薬として開発されたもので週1回の皮下注射です。注目すべきは、その食欲抑制効果で、食物摂取量が減り減量が可能となります。高血圧、脂質異常症または2型糖尿病があり、食事療法・運動療法で効果が得られず、BMI27以上で二つ以上の健康障害を有するか、またはBMIが35以上の肥満症の患者で保険適用されます(ただし総合病院の循環器科・内科・糖尿病内科でしか処方できません)。
日本人患者360人と韓国人患者41人(平均年齢51歳、平均体重87・5キロ)を対象に、GLP-1受容体作動薬を68週間使用した研究では、平均の体重減少率は13・2%(対照群2・1%)でした。また、ウエスト周囲長は平均10・12センチ減少(Lancet DiabetesEndocrinol 2022;10:193─206)。CT(コンピューター断層撮影)による内臓脂肪の計測では40%もの内臓脂肪の減少が認められ、収縮期血圧は平均10・83ミリHg低下しました。この患者群で302人は糖尿病ではないのですが、そのうち29%は前糖尿病状態pre-diabetes(HbA1Cが5・7~6・0、空腹時血糖が100~125ミリグラム/デシリットル、75グラム糖負荷試験2時間値140~199ミリグラム/デシリットル)でした。しかし投与後そのうちの91%が正常血糖にシフトしていました。
この研究から分かることは①食欲をコントロールできれば肥満症は治療できる②肥満症を治療することによって高血圧・糖尿病の発症を抑制する可能性がある、ということです。この治療薬の問題点は、安全性が不明なため68週間(約1年半)しか使用できないこと、コスト、そして投薬中止後に高率でリバウンドが起きることです。投与中止後に食欲をコントロールしていかなければならないのです。
ともあれ1年半の薬物治療で比較的安全に減量できることは証明されました。この減量治療を受けながら食欲をコントロールしていく生活習慣を同時に身に付けていけば新しい未来が開けるのです。新しい肥満治療薬は、どうしても減量できなかった肥満症患者に新しい未来への扉を開いてくれるかもしれません。
環境要因や遺伝的要因から起こる現代人の肥満は自己責任ではありません。あなたが悪いわけではないのです。臆せず、かかりつけ医に相談して、総合病院の門をたたいてみてはいかがでしょうか?