採取した稚樹を見せるエゴノキプロジェクトの実行委員たち。右奥が長屋一男さん、左端が長屋糸織さん=美濃市の瓢ケ岳

 「この中でどれがエゴノキか分かりますか? これですよ」。森の中で小さな双葉を指さすのは植物の専門家ではなく、和傘部品を作る長屋糸織(しおり)さんだ。5月下旬、和傘の材料を収穫するエゴノキプロジェクトのメンバーが美濃市の瓢ケ岳に集まり、稚樹を採取した。

 エゴノキは和傘の骨をつなぐ要の部品「傘ロクロ」の材料だ。適度な硬さと粘り強さがあり、この樹種が最も適するとされる。かつて和傘生産が盛んだった頃は、林業や炭焼きに携わる人がエゴノキを選別して届けてくれたから、職人たちは製品づくりに集中していればよかった。しかし12年前から職人自ら森で木を探し、伐(き)り出さなければならなくなった。幸い良質のエゴノキがまとまって育つ場所が瓢ケ岳で見つかり、樹齢10年前後、直径4~6センチの木を毎年200~300本収穫している。材は羽島郡岐南町にある日本で唯一の傘ロクロの木工所で加工され、岐阜をはじめ全国の和傘職人のもとへ届けられる。

 活動を始めた当初は、切り株から自然に木が再生し持続可能な収穫ができると考えていたが、予想外の事態が起きた。柔らかい新芽がすべてシカに食べられてしまうのだ。そこで3年前から森の一部を柵で囲ってシカから守るとともに、苗を育てて柵の中に植樹する活動にも着手した。和傘づくりの職人たちは、今や森づくりにも取り組んでいる。

 この日は約300本の稚樹を採取してポットに植え替えたが、ここでも問題が発生。配合した土が良くなかったのか三分の一が枯れてしまい、残りの苗をすべて別の土に植え替えることに。翌週、再び山で100本以上を採ってきて何とか目標の300株を確保した。試行錯誤の連続だ。

 木工所で苗の世話をするのは傘ロクロ職人の長屋一男さん(74)。日本で最後の職人となった長屋さんは、当初は自分の代で仕事を終えるつもりだった。そこに若い和傘職人たち、林業家、植物の専門家などが仲間に加わってプロジェクトが立ち上がり、苦労を共にしている。さらに活動を通じて糸織さん(一男さんとは親戚ではない)が弟子入りを志願し、後継者育成も始まった。「まさか私が苗を育てるなんて夢にも思いませんでした。でも糸織さんにつながないといけないですから」。そう言って笑顔を見せる。

 伝統を残す責任を一人で背負ったら重圧に押しつぶされてしまうけれど、人の環(わ)がつながると前を向くことができる。森づくりにまで関わるのは職人にとって負担だけれど、木が育つ姿には希望を託せる。先の見えない伝統工芸の現場に、そんな明るい光が少しでも届いたらと願っている。

(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)

 【エゴノキプロジェクト】

 長屋一男さん、長屋糸織さんほか、和傘職人、和傘販売店員、林業家、森林文化アカデミー教員が実行委員となり、2012年から活動を続ける。筆者も実行委員会の一員。毎年11月に大勢のボランティアとともにエゴノキを収穫する。活動はウェブサイトやSNS(交流サイト)で発信している。


 

 

 くつわ・まさし 1967年生まれ。岐阜県立森林文化アカデミー教授、技の環代表理事。NHKディレクターとしてクローズアップ現代などを担当。高山市で木工修業後、イギリスで家具職人を経て現職。著書に「ゴッホの椅子」「グリーンウッドワーク」など。