古川城を手にし、「国一味」(飛騨平定)を果たした三木直頼は翌1532(享禄5)年に、円通寺の明叔和尚を招いて、父の十七回忌法要を行い、さらに明叔和尚を開山として、菩提(ぼだい)寺の禅昌寺(現下呂市萩原町中呂)を創建する。...
直頼、有力者と友好関係 姉小路従え江馬氏と婚姻 戦国飛騨をゆく(22)
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