飛騨をほぼ平定し、足元を固めた三木直頼の矛先が国外に向かうのは当然の成り行きと言える。古川城を落城させてから8年後の1539(天文8)年、新介直綱を郡上で起きた合戦に出陣させている。
寿楽寺(飛騨市古川町太江)の大般若経奥書巻600に「天文八年己亥(つちのとい)八月下旬に、濃州郡上にはたさ(畑佐)兄弟取合候(そうろう)、はたさ合力のためと、三木新介殿御立候、...
飛騨をほぼ平定し、足元を固めた三木直頼の矛先が国外に向かうのは当然の成り行きと言える。古川城を落城させてから8年後の1539(天文8)年、新介直綱を郡上で起きた合戦に出陣させている。
寿楽寺(飛騨市古川町太江)の大般若経奥書巻600に「天文八年己亥(つちのとい)八月下旬に、濃州郡上にはたさ(畑佐)兄弟取合候(そうろう)、はたさ合力のためと、三木新介殿御立候、...