畜産が盛んだった福島県飯舘村は、2011年3月の東京電力福島第1原発事故で全村避難を強いられた。多くの牧場が廃業した中、小林将男さん(69)は地元で親しまれた「飯舘牛」を連れて千葉県で牧場を続け、血統を継いだ古里の味を世に送り出している。
「牛を置いて避難できない」。事故直後から始めた牧場探しは「放射線を浴びた牛」との風評もあって難航した。福島県から5月になって紹介されたのは、縁もゆかりもない千葉県山武市の空き牧場。不安はあったが移転を決断し、引き取った牛と合わせて140頭余りを専用トラックで約2週間かけて運んだ。
12年には出荷を再開できたものの、福島産だからと価格は以前より4〜5割も安くなった。16年には牧場の使用期限が来たが、まだ村に戻れなかったこともあり、同市の別の場所に移った。販売価格は徐々に戻った。
日本農林規格(JAS)の定めで、千葉での肥育が長くなると飯舘牛は名乗れない。14年からは「までい牛」などの名前で売っている。までいは飯舘村の方言で「丁寧に」の意味だ。