「福束城の戦い」で亡くなった東西両軍の犠牲者を弔ったと伝わる北塚。駐車場が整備され、脇には階段も付いている=安八郡輪之内町大藪
福束城について記された版木(レプリカ)
版木が残された福満寺。この周辺にかつて福束城があったとされる=安八郡輪之内町福束
天然の要害だったとされる福束城のジオラマ=安八郡輪之内町中郷新田、町歴史民俗資料館

 岐阜県安八郡輪之内町の大藪地区、田んぼが広がる一角に石仏が祭られた立派な塚がある。「北塚」と呼ばれ、関ケ原の戦いの前哨戦「福束城の戦い」で犠牲となった兵士たちを弔った墳墓と伝わる。美濃で東西両軍が最初にぶつかった“天下分け目の序章”の一戦だ。

 福束城は、北塚から3~4キロほど西の同町福束付近の揖斐川沿いにあったと推定され、...