加治田城跡から見える丘の上にある堂洞城跡(奥)。佐藤氏の寝返りをけん制するため、加治田城の目と鼻の先に城が築かれたとの説もある。佐藤紀伊守は、落城する堂洞城をどんな思いで見たのだろうか=加茂郡富加町.jpg

加治田城跡から見える丘の上にある堂洞城跡(奥)。佐藤氏の寝返りをけん制するため、加治田城の目と鼻の先に城が築かれたとの説もある。佐藤紀伊守は、落城する堂洞城をどんな思いで見たのだろうか=加茂郡富加町
記者独断の5段階評価

難攻不落度

「切岸(きりぎし)や堀切(ほりきり)、それを結ぶ曲輪(くるわ)群。防御機能は強固で技巧的」


遺構の残存度

「堀切、曲輪跡のほか、主郭部付近や虎口に石垣も残る」


見晴らし

「周囲の城跡、名古屋のビル群、南西には岐阜城も発見!」


写真映え

「撮影ポイントは山頂付近からの風景」


散策の気楽さ

「頂上まで40分ほど。山頂付近は急勾配あり」


山と山の谷間からかすかに名古屋駅前のビル群が見える。右側の山にあった猿啄城が落城し、平地を近づいてくる信長軍の様子が当時もよく見えただろう=同.jpg

山と山の谷間からかすかに名古屋駅前のビル群が見える。右側の山にあった猿啄城が落城し、平地を近づいてくる信長軍の様子が当時もよく見えただろう

 標高約270メートルの山頂にある加治田(かじた)城跡(加茂郡富加町)。かなたに名古屋駅前のビル群を望む。木曽川沿いの中濃東部地域は、織田信長の美濃侵攻の最前線となったエリアで、"尾張からの...