「三井ゴールデン匠賞」を受賞し、原稿を見ずに堂々とスピーチする長屋一男さん=都内
エゴノキで作られた傘ロクロを手にした江崎禎英知事と、ゴールデン匠賞のトロフィーを持つ長屋一男さん=県庁

 「エゴノキプロジェクト実行委員会」が、「第5回三井ゴールデン匠(たくみ)賞」を受賞した。和傘の骨をつなぐ「傘ロクロ」という部品の材料エゴノキを持続的に収穫する取り組みで、代表は傘ロクロを量産する日本で唯一の職人、長屋一男さん(75)。筆者も2012年の発足から委員を務めているので、今回は受賞の裏話を少し書いてみたい。

 そもそもこの取り組みで工芸の賞を受けることは考えていなかった。伝統工芸品の一部品、その材料を収穫するという地味な活動だからだ。しかも活動は順風満帆とは言えず、シカに稚樹を食べ尽くされて森の更新が進まないなど、むしろ苦労の連続だ。林業家、和傘職人、専門学校教員・学生などがボランティアで活動していて、財源も豊かなわけではない。

 ところが最近、「エゴノキプロジェクトのノウハウを教えてほしい」という相談が他の工芸産地から相次いで寄せられた。全国どこでも同じような課題を抱えていて、10年以上続けている私たちはすでに先輩として見られていたのだ。だから賞に応募することで活動の知名度を上げ、同様の取り組みをする人たちの参考や励みになればとの思いがあった。

 結果は、審査員により選ばれる「ゴールデン匠賞」と一般投票により選ばれる「オーディエンス賞」をダブルで受賞することに。「このような地域を巻き込んだ活動こそ、この賞にふさわしいという思いがありました」と賞の事務局の方も喜んでくれた。

 東京での贈賞式はハラハラ、ドキドキだった。長屋さんは根っからの職人で、人前で話すのは大の苦手。東京へ行くのも生まれて3度目だという。2分ほどのスピーチを依頼された長屋さんは1週間も前から原稿を書き始め、直してほしいと何度も私のもとに送ってきた。さらに行きの新幹線の中でも、壇上に上がった後も、ペンを持ってずっと原稿に手を入れていた。これは大変だと思っていたら、本番ではまったく原稿を見ず正面を向いて堂々とあいさつをしたので、関係者席で見守った私も感激してしまった。

 今月、岐阜県庁で江崎禎英知事に受賞報告をさせていただいた。江崎知事は旧美山町(山県市)の出身で普段から実家の山や畑を手入れしているそうで、里山の現状や獣害の大変さをよくご存じだった。鳥獣害のない里山づくりや伝統産業の継承は江崎県政の10の重点目標にも含まれており、とても心強く感じている。

 知事との面談を終えて長屋さんが大きく息を吐き、「やっと終わりました」と笑顔に。スポットライトを浴びる期間は終わったけれど、和傘を次の世代へ伝えるための地道な努力は続く。賞を励みにさらにがんばりたい。

(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)

 【三井ゴールデン匠賞】 公式ウェブサイト(https://mgt.mitsuipr.com/)では、受賞者の活動を紹介する動画を見ることができる。今回はエゴノキプロジェクト実行委員会を含め、5組がゴールデン匠賞を受賞している。