
「残ったのは俺たち10人だけだよ」。ゴールデンウイーク中も、笠松競馬の騎手たちはレース再開を信じて、黙々と攻め馬に励んでいた。4カ月間も実戦から遠ざかり、レース勘を失わないように、若手騎手は3頭による「併せ馬」の形で騎乗するなど前向きに取り組んでいた。
馬券の不正購入問題で、所属騎手は昨年8月に3人(処分は関与禁止)、今年4月には5人(関与停止)が引退扱いになり、計8人が競馬場を去った。1年前、騎手数は17人で既に全国の地方競馬で最少だったが、さらに半分近くに減ってしまった。
まさかの事態だが、これが現実。昨秋デビューした長江慶悟騎手を含めてもわずか10人。笠松競馬再生のためには、残った者たちがフェアプレーに徹した騎乗を見せて、ファンの信頼を取り戻していくしかない。
4月21日夜、騎手・調教師たちの処分が発表された。調教師では3人が競馬関与停止(2~5年)、1人が調教停止(90日)になり、計4厩舎にも激震が走った。それまで厩舎を支えてきたトップを失ったことで、管理されていた競走馬や厩務員たちも一時的に宙に浮く状態になったのだ。
所属していた競走馬を他の調教師に管理変更していないと、翌日から攻め馬ができなくなった。競走馬と世話をする厩務員が一緒に他の厩舎へ移籍する形が望ましいが、引退・転厩など持ち馬の処遇は馬主が決めることである。通常、厩務員は1人で4、5頭の馬を担当するが、移籍が決まっても「2、3頭でも残してもらえた人はいいが...。(生活は厳しくなるが)辛抱して頑張っていきたい」などと意欲。内部崩壊の状態でも何とか踏みとどまる現場のホースマンたち。真面目に働いてきた人たちも苦難の日々が続く。

騎手が減ったことは、夜明け前からの攻め馬にも大きな影響を及ぼしている。「引退」の5人が騎乗していた計120~130頭の攻め馬はできなくなった。残った3分の2の騎手で、全体をカバーすることは難しい現状。調教タイムは午前1時半から9時ごろまで。15分刻みで1時間に4頭ほど騎乗していたが、間隔を詰めてびっしりと。騎手不足の中、限られた時間内で攻め馬を精力的に続けている。
■ガラガラで「レースはできるのか」
五月晴れの下、「おはよう、頑張って」と騎手たちに声を掛けてみると、にこやかな表情であいさつを返してくれて好印象。それでもコース内は、いかにもガラガラで「騎手の数が本当に少なくなったなあ」と実感。「こんな状態で、レースはできるのか」との思いがよぎる。
3頭で併せ馬のように騎乗していたのは、水野翔、渡辺竜也、長江慶悟騎手の若手3人。騎手も馬も競走本能に火が付くようで、見ていてすがすがしい。それぞれの攻め馬の頭数は増えており、これまで1人25頭ほどだったのが、渡辺騎手は33頭、長江騎手は28頭ほどに騎乗。藤原幹生、東川慎、深沢杏花騎手らも真剣なまなざしで攻め馬に励み、笑顔も時折見られた。騎手不足のため、組合では調教厩務員らの力を借りたいとのことだったが、「好きです! 笠松競馬」のTシャツ姿で騎乗していた者もいた。
現場では「けがなどで休んでいる騎手はいない」と聞いたが、調教中でも落馬事故は起こる。ここ1、2年は松本剛志騎手や東川慎騎手らがレース中の事故で長期欠場。超少数精鋭となった現状では、レース開催日にけが人が1人でも出たら騎乗変更は厳しく、出走が「即アウト」になるかも...。フルゲート12頭立てには程遠い6~7頭立てのレースが増えそうだ。
■県議会で騎手の年収など質問
4月27日には県議会で「笠松競馬の不適切事案」について、議員協議会が開かれた。各議員が質問し、競馬組合の平井克昭管理者代行が答えた。

―新設の「公正確保対策推進会議」はどのくらいのペースで開くのか。抜き打ち検査は考えているのか。
「再開後、数回は競馬の開催ごとに毎回開きたい。定例会としても週1回を予定。県調騎会、厩務員共済会、競馬組合など現場も構成メンバーになって、生の声を聞かせてもらう。公正確保のため、相互連携強化を図っていきたい」
「外部委員(弁護士、税理士および有識者)によるチェック機関が必要で、運営監視委員会を新設した。再開後には委員全員で巡回。開催ごとに2人1組などで抜き打ち巡回(年間数十回)も考えている」
―騎手らは、ほとんどが処分を受けているようだが。
「現役騎手は15人のうち14人が何らかの処分を受け、そのうちの5人が関与停止になった。再開後のレースで騎乗可能な9人は戒告で、やや広めの処分になった。調整ルームで一緒に寝泊まりしていたことから不正を知っていて当然、として処分対象になった」
―レースはいつごろ再開できそうなのか。
「4月21日に処分を発表し、農林水産大臣、地方競馬全国協会理事長に報告した。総務省の公営競技の施行市町村の指定については保留になっており、手続きを行っている段階。それが済み次第、改めて指定を受ける。競馬番組は開催の20日前ぐらいに編成し、騎乗申し込み、出走申し込みの期間が必要であり、それを踏まえてできるだく早く再開したい」
―調教師や騎手の年収はいくらぐらいか。
「第三者委員会の報告書の最後に『100万円程度』という記載もある。確かに出走機会が少ない若手とか、高齢の騎手は100万円台の人もいるが、600万円台から700万円近い年収の騎手もいる。また、あまり馬を預かっていない調教師は100万円台の方もあれば、900万円台もいる。非常に幅があります」
―金銭にまつわる不正が行われたが、騎手や調教師の生活が成り立つような形で報酬制度を変えていく計画はないのか。
「騎手、調教師の生活を確保することは非常に大事なこと。2012、13年当時は経営が非常に苦しくて、賞金・手当をかなり下げていた。レースのC級一般の1着賞金は、2011年に13万円でしたが、15年が14万円に。最近はネット販売が伸びており、組合としても財政的に賞金の方に資金を回せるようになった」
「14万円だったレース賞金はここ3年連続して20万→24万→27万円に上げている。笠松と売り上げが同規模である岩手、金沢、佐賀、名古屋の4場の平均レベルに設定した。また、調教師手当、騎手の騎乗手当も毎年上げている。今年1月には1回当たり6500円にし(名古屋の6600円に近く、佐賀の6000円より高い)、他場の状況を見ながら財政が許す限り改善に取り組んでいきたい」

―セクハラの事案については具体的にどう改善されるのか。
「組合も対応について大いに反省すべき点があり、セクハラの被害者に対するケアも足りなかった。窓口をより相談しやすい形で受け付け、事案に応じて早急に対処していきたい。調騎会や厩務員共済会でも受け付け、一括して対処していける統括的な苦情処理窓口をつくりたい」
―組合の管理・監視の強化については全国的に見てどうか。
「調整ルームは4階建てで、19部屋の個室をはじめ浴室、娯楽室などがある。監視カメラを9台から29台に増やし、死角を排除する。設置済みの通信抑止装置では、スマホや携帯電話を持ち込んでも通信の送受信ができなくなり、全国で2番目の導入。金属探知機による検査は空港でのチェック並みで、全国的にも非常に厳しい監視になる」
■競走馬の確保はレース開催の生命線
地方競馬の本来の目的は地方財政への寄与。雇用確保と地域経済への貢献、畜産の振興や健全な娯楽の提供といった面で存在意義がある。笠松競馬では1992年度までに、約244億円もの収益を構成団体である県や2町などに配分し、県民や町民の生活に役立ててきた。
76年には安八郡安八町の長良川堤防が決壊した「9・12水害」が発生。笠松競馬では臨時開催をして、売上金を災害救援金として、被災地で活用してもらったという。75年度の馬券販売額は361億円だったが、80年度には445億円とピークを記録。入場者は1日平均1万人以上。79年末の東海ゴールドカップでは、入場者が3万人を超え、1日の馬券販売額は10億円を突破した。古き良き昭和の時代、場内での馬券おやじたちの熱気と混雑ぶりはすごかった。
競馬場にとって、競走馬の確保はレース開催のための生命線でもある。75年当時の笠松競馬の厩務員数は約260人で、競走馬約900頭の世話をしていた。現在では、アラブのレースはなくなり、管理する競走馬は410頭(5月6日現在)と半分以下になってしまった。今年からC級レースの賞金は27万円に引き上げられたが、90年代にはC級でも45万円以上あった。
「令和競馬バブル」の様相で全国の地方競馬が活況に沸く中、笠松では5月26~28日の開催も中止が決まった。本命視されている「6月9日から」のレース再開に向けては、名古屋の若手や期間限定騎乗の騎手らの参戦が頼みの綱になりそうだ。残った10人の騎手たちには、けがなどなく無事にゲートインし、再スタートを切ってもらいたい。