マイクロバスに乗って登場したのは、笠松や名古屋の豪腕ジョッキーたち。ここは笠松競馬場のゴール付近にある「内馬場パドック」。レース終盤、まるでリリーフカーに乗ってマウンドに向かうプロ野球の投手のようで、勇ましく気合満点だ。
本馬場の内側にあるパドックは、笠松ならではの大きな魅力である。日本の競馬場では唯一のスタイルで、世界的にも珍しい。ファンは中央スタンド、東スタンドやユーホール(有料)から観客席に腰掛けたまま、ほぼ正面から競走馬を見ることができる。のんびりと眺めていると、「ここをオグリキャップやライデンリーダーも歩いたんだなあ」と懐かしくもなる。
他の地方競馬場や中央の競馬場では、あり得ない光景だ。競走馬たちは誘導馬と厩務員に先導され、1コーナー近くにある装鞍所から馬場を横切って、ゆっくりとパドック入り。睦月シリーズでは吹雪の中での周回もあって、辺り一面はすっかり雪化粧。騎手たちは、馬番の順(1番が最後)にバスを降りて整列し、スタンドで見守るファンに一礼。騎乗馬にまたがり、すぐに本馬場に入ると返し馬へと向かった。
パドック解説は競馬エースと競馬東海の記者が担当し、各馬の仕上がり具合を入念にチェック。インターネットやスカパーでのライブ中継も盛んな時代。ファンにとっては馬券検討の上でも、パドック中継や解説での一言が重要になる。
広々とした内馬場では、池・公園、遊園地、駐車場などとして活用するのが一般的。初めて笠松に来場したファンは、内馬場パドックにかなりの衝撃を受けるようだ。テレビの競馬番組で活躍し、「地方競馬応援隊」でもある2人の女性が、初めて訪れた笠松競馬場の印象を次のように語っている (「オッズパーククラブ」より)。
オグリキャップの故郷・笠松が「あこがれの地」だったという競馬キャスターの荘司典子さんは、2008年のオグリキャップ記念で初めて訪れた。
「珍しい内馬場にあるパドック。初めて見ると不思議な感じがしましたが、スタンドからパドック、返し馬、レースまで見ることができるのはとても快適です。馬券を買う時以外は座ったままで大丈夫なので、落ち着いてゆったりと過ごすことができ、お年寄りにも優しい競馬場です」
12年の笠松グランプリで初参戦したタレントの津田麻莉奈さんも「初めてのドキドキ」として、衝撃を受けた。
「胸を弾ませながら足を踏み入れた笠松競馬場。そこには、驚きの風景が広がっていました。競馬場といえば、パドックがあって、スタンドがあって、コースがある、という造りが一般的で、パドックとゴール前を行ったり来たりしながら馬券を買うのが当たり前だと思っていました。しかし、笠松競馬場でその概念はあっという間に打ち砕かれることになったんです。なんと、コースの中にパドックがあるではないか! ダートコースのゴール手前、馬場の内側にパドックがありました」。さらに、内馬場に畑やお墓まであることを知り、びっくりしていた。
内馬場パドックには不満の声もある。ガラス張り3階席のユーホールからは、コースを挟んでいるためか「馬の様子がよく見えない」とか、「周回時間が短い」と。パドック周回では、カメラを構えるファンのためにも、ジョッキーが騎乗してから、もう1周ぐらいしてほしいとは感じる。
パドックを出た人馬は、ファンの声援に応えながら、外らち沿いを4コーナー付近までゆっくりと進んだ後、返し馬をスタート。ゴール前から3コーナーへと向かう。重賞や交流競走では、他地区やJRAの騎手らも参戦するが、すぐに1コーナーに向かってしまう騎手が多く、カメラを構えて残念そうなファンの姿も。それでも、ミルコ・デムーロ騎手は笑顔を見せてファンサービスも忘れず、好感が持てた。
国内唯一というが、他国ではどうか。アメリカ大陸を横断しながら、各競馬場で「旅打ち」をするグリーンチャンネルの番組で、競馬評論家の須田鷹雄さんが「ここのパドックは笠松方式ですねえ」と語っていたことがあった。ニューメキシコ州のルイドソダウンズ競馬場で、異国の小さな町で「笠松」の名が出てくるとは思いがけず、地元の競馬場が誇らしくも感じた。アメリカにも内馬場パドックは存在していたのだ。
老朽化が進む笠松競馬場。施設の建て替えや耐震化なども迫られているが、現時点では、昭和の雰囲気が色濃く残る。木曽川畔にある競馬場の敷地は約30ヘクタールで、うち98%が借地。パドック設置に適したスペースもなかったため、苦肉の策でコース内側に設置した。
パドックは、50年近く前には4コーナー寄りの入場門を入ってすぐ右側にあったそうだ。厩舎エリアを、競馬場東側の薬師寺地区とやや離れた円城寺地区の2カ所に新設。検量エリアは1コーナー寄りに設けられ、パドックも移設することになった。スタンド裏は住宅街と堤防道路が迫る手狭な敷地で、内馬場にパドックを移設するしかなかった。
内馬場にはのどかな田畑が広がり、墓地があるのも日本唯一の風景。正面スタンド前の清流ビジョン脇には田んぼがあり、実りの秋には収穫期を迎える。畑にはネギ、大根、白菜などが植えられ、夏が近づくとスイカの栽培が始まる。かつては馬場の外側にあった墓地は、木曽川の土手を広げるため、内馬場(1~2コーナーの内側)に移動したという。お盆の頃などには、馬場を横断してお墓参りをする人の姿が見られるという。
笠松は人馬とファンの距離が非常に近いのも特徴。安藤勝己元騎手も引退セレモニーで「笠松は身近に馬が見られる競馬場。これからもたくさん足を運んで」と呼び掛けていた。パドック横には大型で鮮明な「清流ビジョン」も新設され、馬体のチェックもしやすくなった。スタンドからの観戦がとても快適な笠松競馬場。「未体験ゾーンだ」という全国の競馬ファンには、ぜひ一度来場して、世界でも数少ない内馬場パドックを体感し、古き良き草競馬の味わいを満喫してほしい。