
吹雪の中、ラストランとなった岐阜新聞・岐阜放送杯で、大原浩司騎手を背に力走するタッチデュール(地方競馬ライブより)
この馬のラストランらしく、吹雪の中の不良馬場を懸命に駆け抜けた。昨年末、笠松の元気娘タッチデュール(湯前良人厩舎)が、岐阜新聞・岐阜放送杯(A3特別、1600メートル)に出走。8歳までの6年半の間、全国で171戦も走り続けて、過酷な競走馬生活に別れを告げた。年明けからは、滋賀県の休養育成牧場に移り、のんびりとした毎日を過ごしている。将来は北海道の牧場に戻り、繁殖牝馬を目指すことになりそうだ。
多くのタッチデュールファンが、全国から笠松に駆け付けて、最後の雄姿を見守った。降りしきる雪と目に浮かぶ涙で、ぐしょぐしょになりながらの応援だったようだ。笠松デビュー戦から主戦を務め、ラストランにも騎乗した大原浩司騎手を背に、応援うちわが振られたパドック前から、返し馬へと向かった。
ゲートがオープンし、後方2番手を追走。3コーナーから最後の気力・体力を振り絞るかのように末脚を伸ばしたが、1頭かわすのが精いっぱい。7番人気で7着のゴール。勝ち馬とは1秒差だったが、435キロの小さな体で力強い走りを見せてくれた。
「お疲れさん、もう頑張らなくていいんだよ」と、けがもなく走り切った姿にファンの温かいまなざしがあった。引退レースを無事に走り終えて、「ホッとしたような、寂しいような複雑な思い。ゆっくりと休んで、お母さんになってほしい」と願った。

パドックを出て返し馬に向かうタッチデュールと大原浩司騎手。小さな体でよく頑張った
タッチデュールは、宝塚記念やジャパンCを勝ったタップダンスシチーの産駒。2011年6月、門別でデビューし、3戦目で初勝利。9戦目でJRA認定競走を勝って笠松(山中輝久厩舎)に移籍した。国内の重賞最多出走記録(130戦)を持つトウホクビジンの後継者らしく、たくましい「鉄の女」ぶりを発揮。中3日で交流重賞を連闘するなど、全国の地方競馬場13カ所を走り回り、酷使に耐え続けた。
だが、これも笠松流。厳しいローテーションで全国を転戦したが、笠松は全国のほぼ真ん中に位置し、遠征しやすいメリットもあった。「走らせ過ぎだよ」という批判的な声も多く聞かれたが、ギャンブル対象である競走馬は「経済的な動物」であり、賞金以外の出走手当も立派な報酬だった。出走数はトウホクビジンの163戦(13勝)を上回り、171戦で計27万8000メートルを完走し、17勝を飾った。重賞勝利は笠松のジュニアクラウン、プリンセス特別(現ラブミーチャン記念)、くろゆり賞と兵庫のクイーンカップ。

2016年の笠松グランプリに出走したタッチデュールと佐藤友則騎手
ファンやジョッキーの心を揺さぶるレースも多かった。14年・くろゆり賞Vでは、差し切りを決めた佐藤友則騎手も大興奮。ゴールで派手なガッツポーズ後、コースを1周してウイニングラン。喜びを爆発させて、再びゴール前でゴーグルやムチをスタンド前に投げ入れる大サービス。「自信があった。低評価に反発して」と、歓喜に浸った。さすがプロだが、ここまでやってくれるとは。友則パワー全開で、重賞勝ちのうれしさをファンに伝えた。
15年・川崎のスパーキングレディースカップでは、赤岡修次騎手の手綱で5着に踏ん張った。オークスなど中央GⅠを3勝したメイショウマンボ(6着)に先着し、ファンを驚かせた。昨年の盛岡・クラスターカップでは、藤田菜七子騎手がタッチデュールに騎乗し、JRAオープン馬を上回る6番人気。結果は12着に終わったが、笠松場外で買った「タッチデュール&藤田菜七子」が印字された単複のがんばれ馬券は「交通安全のお守り(当たらない)」にもなった。

引退後、滋賀県の休養育成牧場でのんびりと過ごすタッチデュール(ヴィゴラスステーブル提供)
応援していたタッチデュールは、馬券の上でも幸運を運んでくれたことがあった。13年の笠松・師走特別でのこと。終盤5レースの勝ち馬を当てるJRAの「WIN5」に相当するのが、オッズパークの地方競馬「LOTO」。この日の4レース目で断然の1番人気馬が惜敗し、3番人気タッチデュール(東川公則騎手)が1着となり、的中票数は一挙に残り1票になった。胸が高鳴る中、最終5レース目は1番人気で決まって、歓喜の一瞬となった。中央のWIN5なら数億円コースだが、笠松では数十万円コース。中央と地方の格差をここでも実感したが、さすがに独り占めは気持ちが良かった。
年明け以降、滋賀県近江市の休養育成牧場「ヴィゴラスステーブル」に移ったタッチデュールは、一転して優雅な日々を過ごしている。牧場によると、「サンシャインパドック」内でゴロリと寝転がったり、ウオーキングマシンでの軽い運動で、競走馬時代の疲れを癒やしている。隣の馬と仲良くじゃれ合いながら、雪遊びもしたりしてリフレッシュ。笠松時代には馬房や馬運車の中、競馬場を往復する毎日だったが、引退後は別世界での夢のような生活を送っている。

ラストランでも降っていた雪に興味を示すタッチデュール(左)。他の馬とも仲良しになった(ヴィゴラスステーブル提供)
愛らしい顔で馬体はしなやか。新しい環境にも慣れて、元気いっぱいだ。牧場には温泉施設などもあり、放牧にも出すという。「オーナーさんの希望で、春以降には北海道(日高)の生まれ故郷に戻る予定。そこで余生を過ごすことになり、繁殖馬生活に入るのでは」という。種付けシーズンにはまだ間に合うが、今年はどうだろうか。全国のファンとともに、「お母さんになる日」を楽しみに待ちたい。
お姉さん格のトウホクビジンは12歳になり、北海道・新冠のビッグレッドファームで繁殖馬生活を送っている。長女の2歳牝馬ユノートルベル(父アイルハヴアナザー)が今年、中央競馬(美浦・池上昌和厩舎)でデビュー予定。昨年は長男を出産しており、父はゴールドシップという良血で成長が楽しみだ。

3年前、引退レースとなった白銀争覇でファンに最後の走りを見せたトウホクビジン(左)
トウホクビジンとタッチデュールは現役時代、交流重賞などで何度も一緒に走ったことがあった。14年の船橋・クイーン賞(14頭立て)では、13番人気タッチデュールが4着で、9番人気トウホクビジンが5着と健闘。掲示板をにぎわせてファンを喜ばせた。トウホクビジンのラストランとなった15年の白銀争覇では、タッチデュールが3着で、トウホクビジンが6着。直接対決は12回もあり、タッチデュールが若さで7勝5敗と上回った。「鉄の女」として戦い抜いた2頭。その子どもたちも、いつか同じレースで(できれば笠松で)走ることができたら、全国のファンの熱い視線を浴びることだろう。